会津。それは福島県の山々に抱かれ、静かな時間が流れる街だ。
城下町としての歴史を持ち、山あいには日本の原風景と呼びたくなる景色が今も残っている。伝統文化や暮らしもまた、過去のものとして保存されているのではなく、日常の延長線上で息づいているように感じられる場所だ。
近年、日本人だけでなく、少しずつ外国人の姿も見かけるようになってきたという。それでも、他の有名観光地と比べれば人はまだ少ない。
京都のようなオーバーツーリズムとは無縁で、今の会津は、いわば“知る人ぞ知る場所”と言っていいのかもしれない。その状況を「ラッキーだ」と感じる一方で、これだけの魅力を持ちながら、まだ多くの人に知られていないのは、少しもったいないとも思った。
ただ、その理由も分からなくはない。会津の魅力は、ひとつの観光地にまとまっているわけではない。城下町、山あいの集落、街道沿いの風景——それぞれが静かに、各地に点在している。土地勘のない旅人にとって、これらを無理なく巡るのは、正直なところ簡単ではない。
そんなことを考えながら、私はふと思った。
電車やバスといった地方の公共交通に苦労せず、それでいて会津の各地を自分のペースで巡れる方法はないのだろうか…そんないわば、チャーターのような移動手段があれば。さすがに地方の会津にそんな選択肢があるはず…
あった。
それが、「会津交通のハイグレードタクシー」というものだ。

1.会津交通のハイグレードタクシー
会津交通ののハイグレードタクシーは、会津エリアを対象に提供されている予約制のタクシーサービスだ。通常の流しのタクシーとは異なり、観光やビジネス利用を想定した事前予約・チャーター型の利用が基本となる。

車両には、一般的なタクシーよりもゆとりのある上位クラスの車種が用意されており、複数人での移動や長距離移動にも対応している。会津若松市内だけでなく、周辺の山間部や観光地への移動にも利用可能で、公共交通機関ではアクセスしづらいエリアを含めた移動手段として選ばれている。
利用方法はシンプルで、事前に利用時間や行き先を相談したうえで予約を行う形式。時間単位での利用が可能なため、決まったルートやダイヤに縛られず、旅程に合わせた柔軟な移動ができる点が特徴だ。
また、地元を熟知したドライバーが担当するため、道路状況や季節ごとの注意点を踏まえた運行が行われる。観光案内を主目的としたサービスではないものの、会津という土地に根ざした安心感のある移動手段として、観光客にも利用されている。

今回は、このハイグレードタクシーを利用して、実際に会津を1泊2日で巡った。その体験を、観光情報としてではなく、ひとりの旅人としての実感を軸に綴っていきたい。
日本の“リアルな日常”に触れてみたい人。地方には興味があるけれど、移動や不便さに少し不安を感じている人。そんな人たちにとって、ひとつの参考になる旅になればと思う。
2.日常を離れる、その一歩
東京を出発し、東北新幹線で郡山駅へ。あらかじめ到着時刻を伝えていたことで、駅を出るとすでにハイヤーの姿があります。迷うことなく駆け寄り、荷物は全て荷台の中へ。これで荷物を気にすることなく今日は1日観光に集中!楽しい旅の始まりです。
今回利用したハイヤーは、広さのある車体に対し後部座席はゆったりと二席のみ。移動自体が旅の楽しみのひとつになるようなその佇まいと、大きな車窓を流れる見慣れない景色に、私たちの心は高鳴ります。
3.会津の文化に手を伸ばす | まさに“ヒューマンハブ”天寧寺倉庫

暮らしと文化が交わる場所
まずはじめに訪れたのは、会津若松市にある「ヒューマンハブ天寧寺倉庫」。
かつて倉庫として使われていた建物を改修したこの場所は、梁や柱に往時の面影を残しながら、内部にはギャラリーやショップ、カフェが設けられ、会津のものづくりや表現に自然と触れられる空間になっています。

買い物を楽しむだけでなく、コワーキングスペースやシェア工房も併設されており、つくる人、働く人、訪れる人が日常的に交わる地域のハブとしても機能。旅の途中に立ち寄ることで、会津の伝統工芸やものづくりの息づかいを間近に感じることができます。
ギャラリーショップ奥のシェア工房では、漆塗り漆器の下地となる「木地」を加工するための道具を見せていただきました。職人さんの使用する道具は見たことがないものばかり、そして見ても使い方が想像できないものもありました。

木地となる木を旋盤で高速回転させ、長い棒状のカンナで器の形状に加工していきます。この加工をする職人さんは「木地師」と呼ばれているそうで、会津では古くから起源のある仕事です。お恥ずかしながら、私は初めてそういった職業があることを知りました。
継ぎ手のない一本の木から削り出す木地は手に取るとその存在がないかのように軽く、これほどまでに繊細なものづくりをされているとことに驚きました。また、ここからさらに漆を塗り重ねるというのだから漆塗り漆器がひとつできあがるまではいくつもの工程が重ねられる
身体で感じる、会津の文化

ここでは、会津の文化に触れられるさまざまなワークショップが行われており、今回私たちは、漆塗箸づくりの体験のひとつである「箸天研ぎ出し」に参加した。
控えめなちゃぶ台を講師の職人と囲み、座布団に腰を下ろすところから体験は始まる。

床に座って作業をするという日本の伝統的なスタイルは、工芸の世界では今も自然なものとして受け継がれており、道具入れや作業台も床置きを前提としたつくりになっているという。
漆が塗られた箸の先端、「箸天」から、少しずつ漆を研ぎ出していく。
根気のいる作業に苦戦しながらも、丁寧に漆で貼られた貝殻がひとつ、またひとつと姿を現すたび、心までも研ぎ澄まされていくように感じられた。

箸天の柄がきれいに現れたあとは、箸本体に漆を塗っていく。適量の漆を取り、上から下へ。ゆっくりと撫でるように塗り進めると、その跡から自然と艶が生まれていく。
漆はとても繊細な素材のため、塗った箇所には触れないよう細やかな注意が必要だ。
完成した箸は、湿らせたガーゼとともに箱の中へ。

塗りたてならば、乾燥させるのが常識なのでは?と思い込んでいたが、驚くことに漆は湿度が高ければ高いほど、乾燥が進むのだという。
自分の常識がすべてではないことに気づかされ「なぜだろう」「どうしてだろう」と考えを巡らせる時間も、ワークショップならではだ。実際に手を動かし体験したことは、色濃く記憶に残る。
一連の作業を終え、職人に礼を伝え、立ち上がる。しかし、思ったように立ち上がることができず、その場に転がり込んだ。
体験中正座の姿勢を続けていた足はすっかり痺れ、力が入らなくなったのである。それもまた日本らしい体験のひとつなのかもしれない。
4.静かな時を重ねる | 雪降る飯盛山へ
私たちは再びハイヤーに乗り込み、飯盛山へ。飯盛山の麓に着く頃、雪足は強まっていた。こんな天候の中でも、目的地の目の前まで送ってもらえるハイヤーの存在は心強い。

一段一段を確かめるように、真っ白に染まった石段を登っていく。
足を導かれて
中腹に建つ「さざえ堂」は、珍しい内部構造をもつ木造建築で、西国三十三観音巡礼を一堂で行うことができる庶民信仰の象徴として建てられた。

円筒形の堂内には二重螺旋の通路が巡らされ、上りと下りの動線が交わることなく、一方通行で参拝できる構造になっている。その独特なかたちは、外観・内部ともにサザエを思わせる。
中に足を踏み入れると、床は緩やかな傾斜を描きながら続き、はっきりとした階段は設けられていない。自然と歩みが前へと導かれていくこの一方通行の構造は、参拝者同士が行き交うことなく、静かに祈りの時間に向き合えるよう考えられたものだという。
堂内の壁や柱には、無数の札が静かに掛けられており、その光景はどこか異質でありながら、ここで積み重ねられてきた信仰の時間の長さを雄弁に物語っている。
信仰と合理性、そして高度な木造建築技術。それらが結びついた世界的にも珍いこの建物は、現在、国の重要文化財にも指定されている。
静けさの奥に残る記憶
この山には、かつて白虎隊の若者たちが逃走の末に通過したとされる洞穴が残されている。それが、会津若松市にある「戸ノ口堰洞穴」だ。

この洞穴は、もともと猪苗代湖の水を会津盆地へ引くために造られた用水路「戸ノ口堰」の一部である。戊辰戦争のさなか、戸ノ口原の戦いで敗走した白虎隊士たちは、鶴ヶ城の安否を確かめるため、この洞内を通り抜け、飯盛山へと辿り着いたと伝えられている。
暗く冷たい約150メートルの洞穴を、冷水に身を浸しながら進んだ若者たち。その先で彼らが目にした城下町の黒煙は、やがて白虎隊の集団自害という結末へとつながっていく。
史実として知っていた出来事が、この山の空気の中では、身体感覚を伴った記憶として立ち上がってくる。先ほどまで感じていた静けさが、次第に別の重みを帯びて迫ってくるようだった。

眼下に広がる会津若松の街は、雪に包まれ、どこまでも静かだ。この景色を前に、彼らは何を見て、何を思ったのだろうか。
答えを求めることはできない。ただ、この場所に立つことで、彼らが過ごした時間の厚みだけは、確かに伝わってくる。
5. 時代の中へ、身を置く|雪に包まれた大内宿
飯盛山を後にし、ハイヤーで大内宿へ向かう。

やがて、田畑の広がる風景へと移ろい、遠くの山並みが穏やかな輪郭を描き始める。車窓を流れる景色を眺めていると、同じ冬でありながら土地ごとに異なる時間が流れていることに気づかされる。
ハイヤーの車内は静かで、会話を交わすことも、ただ外を眺めることも許される余白がある。移動に意識を奪われることなく、次の場所へと気持ちを整える時間が、自然と生まれていく。
そうしてたどり着いたのが、雪に包まれた「大内宿」だった。

茅葺き屋根の家々が軒を連ねる通りは、先ほどまで目にしていた景色とはまったく異なる表情を見せ、時代を遡るようにこの地へ足を踏み入れた感覚を覚える。大内宿は、江戸時代に参勤交代の宿場町として栄え、今も当時の町並みや暮らしの面影を変わらずに残している。
観光客の姿が少なくなる夕暮れ時、通りには一段と静けさが満ちていく。人の気配が引いていくにつれ、この場所に滞在する者だけの時間が、ゆっくりと始まるように感じられた。
今夜の宿は、大内宿に現存する数少ない宿泊施設のひとつ、「本家扇屋」。

通りの喧騒が落ち着いたあと、囲炉裏の火が灯る茅葺きの家に身を置くことで、この宿場町は「訪れる場所」から「過ごす場所」へと、姿を変えていく。
6. 会津のあたたかさに泊まる|名物おばやが迎える民宿 本家扇屋
ただいまと言いたくなる場所
木製の引き戸を開けると、すぐに私たちを迎え入れてくれる人がいた。この宿の名物女将、「きいこおばや」だ。
歴史を感じさせる建物の佇まいと、屈託のない笑顔。その両方に触れた瞬間、まるで久しぶりに祖母の家へ帰ってきたかのような、ほっとする安心感に包まれる。
きいこおばやの話す言葉は、生粋の会津弁。その柔らかな響きに、雪の冷たさでこわばっていた心まで、少しずつほどけていく。気づけば、自分にもこんな方言で話す祖母がいたのではないかと、錯覚してしまうほどだった。
日本の伝統的な和室の客室に、深みのある板張りの食事処。水回りや居間、厨房まで含めて、この宿はきいこおばや一家の暮らしと地続きになっている。

居間に向かって自然と声をかけてしまう、その距離感もまた「おばあちゃんの家に来た」という感覚を強めてくれる。
客室の襖を開けると、部屋はすでに十分に温められていた。

部屋の中央にはこたつが置かれ、お茶の用意も整っている。布団は自分たちで敷くスタイルで、それもまた、和室に泊まるときの日本らしい所作のひとつだ。
田舎の家に一晩泊まる。まさにそんな空気の中、こたつに入り、しばし旅の疲れをほどいていく。
土地の味に迎えられて
夕食の時間になると、机いっぱいに会津の料理が並んだ。地元の食材を使った品々は、派手ではなく、素材の持ち味を生かしたやさしい味わいが印象的だ。
なかでも心に残ったのが、会津の郷土料理「こづゆ」だった。
干し貝柱のだしを生かした薄味のお吸い物に、里芋、人参、糸こんにゃく、豆麩、椎茸、キクラゲ。具だくさんながら、一つひとつの味がきちんと感じられ、静かな豊かさがある
しっかりと火の通った具材はやわらかく、何杯でもおかわりしたくなる味だ。かつて、豪華な料理は持ち帰り、こづゆだけは何杯おかわりしても失礼にあたらない、そんな風習があったと聞き、会津のおもてなしの心が、この一杯に凝縮されているのだと感じた。
今回は品数も多く、一杯で我慢したが、それでも十分に満たされた。

囲炉裏で焼かれた鮎や、山菜を使った小鉢の味わいにも驚かされる。それらは決して一夜で作られたものではなく、数日、時には数か月かけて仕込まれてきたものだという。
雪の多いこの地域では、食べ物を蓄え、使い切る知恵が自然と育まれてきた。
保存食の文化が今も息づいているのは決して特別なことではなく、この土地で暮らしていくための、ごく当たり前の選択だったのだと思う。
食卓に並ぶたくあんも、その延長線上にある。塩加減は驚くほど自然で、大根の甘みが静かに広がる。長い時間をかけて仕込まれてきたことが、味として主張するのではなく、暮らしの感覚として伝わってくる。
この日の食卓には、想像していた以上の品数が並んでいた。
どれも少しずつ、けれど手間を惜しまず整えられたものばかりで、「足りているだろうか」「寒くはないだろうか」と相手を思う気持ちが、そのまま形になったようなおもてなしだった。
食事を終える頃には、身体はすっかり満たされていた。
量の多さだけではなく、この土地で当たり前に続いてきた食のかたちに触れたことで、心まで温まっていたのだと思う。派手さではなく、ここで生きてきた人たちの時間が重なった食卓は確かに記憶に残るものだった。
宝の宿場町
食事がひと段落すると、きいこおばやとの会話が始まる。料理の話、宿の歴史、そして大内宿で生きてきた時間のこと。

かつては厳しい時代もあったこの宿場町。
だからこそ、「また来たい」と思ってもらえるようなおもてなしを大切にしているのだという。その言葉は聞かずとも、おばやの表情から十分に伝わってくる。
重要文化財に指定され、注目を集めるようになる以前は、守り続けることの大変さもあった。それでも「大内宿は宝の宿場町」そう信じ、この場所で宿を続けてきたのだと語る。
春には花が咲き、初夏には蛍が舞う。涼やかな夏の夜には星が瞬き、冬には雪に包まれた静かな景色が広がる。
そのすべてと、人のあたたかさこそが、大内宿の宝なのだと。
楽しそうに語るきいこおばやの姿を見ながら、違う季節にもまたここへ戻ってきたい。そんな気持ちが、自然と胸に芽生えていた。
7. 会津での1泊2日の旅

郡山から会津へ山を越え、大内宿に夜を迎えるまで。この1泊2日の旅で出会った風景や人、文化のひとつひとつが強く印象に残っている。
そして振り返ると、それらをここまで丁寧に味わうことができた背景には、移動の質の高さがあったと感じる。電車やバスの時間に追われることなく、行き先に気を取られることも、荷物に煩わされることもない。
点在する会津の魅力を慌ただしく巡るのではなく、ひとつひとつ立ち止まり、背景ごと受け取ることができたのは、移動の負担が取り除かれていたことが大きく寄与している。
目的地の目の前まで導かれ、次の場所へと静かにつながっていく。その積み重ねが、移動を「消費する時間」ではなく、体験を受け取るための準備の時間へと変えてくれていた。
この旅は、場所の魅力を最大限に引き出してくれる移動とともに完成した1泊2日だった。
次の旅でもまた、この余白のある時間とともに、会津の奥へと足を延ばしてみたい。
本家扇屋
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