会津若松の歩き方|移動・食・滞在をつなぐ静かな旅

旅の満足度は、訪れた場所の数だけで決まるものではない。
移動に無理がなく、食事と休息の位置が適切であること。その積み重ねが、一日の印象を大きく左右する。

今回の旅では、特別な準備や高い移動コストを前提にしない。公共交通機関を軸に、必要な場面だけ移動手段を補いながら、一日を無理なくつないでいく。


朝は静かな場所から始まり、昼は町の中へ入り、夕方には歴史に触れ、夜は一軒の宿で締める。順番を追うことで、個々の体験が点ではなく、一本の流れとして立ち上がってくる。

ここから先は、実際に歩いた順に、その一日を辿っていく。旅のはじまりは、一軒の宿から。

朝一番に向かったのは、会津若松の町外れに静かに佇む「まごころの宿 星乃井」。
観光地を巡る前に、まずこの場所を選んだのには理由がある。

この旅では、名所を効率よく消化するよりも、土地の空気や、人の距離感を最初に身体で受け取ることを大切にしたかった。その入口として、星乃井はとても適した場所だった。

松山健介

Travel Influencer

松山健介

世界のケン (Kensuke Matsuyama)ー
ポーランドに移住した経験をきっかけにSNS「Ken / Solo Japanese Style」を立ち上げ、ポーランドと日本をつなぐコンテンツを発信。現在は日本文化や日本人の暮らしにフォーカスした動画を展開し、総フォロワー数は100万人。さらに日本各地の旅館や隠れたスポットを紹介する「Japan of Japan」(YouTube登録者数13万人以上)を運営する。都市部だけではない「本物の日本の良さ」を日本人の視点で世界に伝える。

https://www.youtube.com/@japan_of_japan

まごころの宿 星乃井

星乃井は「まごころの宿」として知られる老舗旅館であり、この“まごころ”という言葉が示す通り、日本独特の価値観を体感できる場所である。


まごころとは、見返りを求めず、相手を思って自然に行動する心を指す。英語で表すなら sincere hearttrue heart に近いが、そのニュアンスを完全に言語化するのは難しい。星乃井では、それが言葉として説明されるのではなく、体験として伝わってくる。派手な演出や過剰なサービスはない。あるのは、控えめな声かけや距離感の取り方、そして必要以上に干渉しないなどという配慮である。

建物は、かつて酒蔵として使われていたものを活用しており、歴史の重みと生活の気配が自然に溶け込んでいる。駅から徒歩15分ほどの距離だが、送迎サービスも用意されているため、荷物が多い旅行者でも不安はない。宿泊客の約7割がリピーターという点からも、この宿が単なる宿泊施設ではなく「また戻りたくなる場所」であることがうかがえる。

旅館文化に不安を感じる外国人旅行者も少なくない。畳の上での振る舞いや、温泉でのマナーに戸惑う人もいるだろう。しかし星乃井では、完璧な作法を求められることはない。文化を尊重する姿勢さえあれば、自然と周囲が支えてくれる。その空気こそが、日本の旅館文化の本質である。

星乃井の夕食は、会津の土地と季節を映す郷土料理で構成されている。山菜や川魚、地元野菜など、派手さはないが素材の良さが際立つ。中でも名物の「じゃがいもの煮物」は、50年以上にわたって受け継がれてきた看板料理である。驚くほど素朴でありながら、初めて口にした多くの人が強い印象を受ける一品であり、「こんなじゃがいもは初めてだ」という感想が自然とこぼれる。

食後は、湯野上温泉の源泉を引いた露天風呂へ向かう。湯野上温泉は会津でも歴史のある温泉地で、無色透明のやわらかな湯が特徴である。星乃井の露天風呂は24時間利用可能で、夜には湯面に星が映り、周囲には虫の声だけが響く。都会の夜では決して味わえない、音の少なさと暗さがここにはある。

星乃井の夜を特別なものにしているのが、宿泊者限定のナイトツアーである。宿の主人自らがミニバスを運転し、夜の大内宿へ案内するこのツアーは、他では体験できない。

大内宿は昼間、多くの観光客で賑わう茅葺き屋根の集落である。しかし夜になると人影は消え、残るのは水のせせらぎと満天の星空だけだ。昼と夜の落差が大きいからこそ、その静けさはより印象的に感じられる。もともとは「ホタルを見せたい」という思いから始まったこのツアーは、口コミで広まり、今では星乃井を象徴する体験となっている。

観光というよりも、日本の原風景にそっと触れる時間であり、1日目の締めくくりとしてこれ以上ない体験である。

翌朝は、星乃井名物のモーニングツアーから始まる。ご主人の運転で向かうのは、観光地として整備された場所ではなく、自然の中にひっそりと存在する「冷風体験」である。見た目は何の変哲もない風景だが、立った瞬間に空気の違いを感じる。

ここでは多くを語らない。実際に立ったときの感覚を、そのまま受け取ってほしい。

茅葺き屋根の駅に立ち寄る

ツアーを終えたら、星乃井から徒歩10分ほどの場所にある湯野上温泉駅へ向かう。
この駅は、日本でも珍しい茅葺き屋根の駅舎を持つことで知られており、1999年に現在の姿へと改築された。実用性だけを追求した駅とは異なり、建物そのものが風景の一部として存在している。

朝の柔らかな光に包まれた駅舎は、派手さはないが、背筋の伸びるような佇まいを見せる。屋根の厚みや木材の質感からは、この土地が積み重ねてきた時間が自然と伝わってくる。駅舎のすぐ脇には足湯が設けられており、列車を待つ間、湯に足を浸しながら静かに過ごすことができる。

観光地を巡る途中にある駅というよりも、風景の流れの中に置かれている場所、という印象に近い。列車が到着するまでの短い時間であっても、ここに立つと旅のテンポが自然と落ち着いていく。

風景に身を預ける列車旅

湯野上温泉駅からは、会津鉄道の名物列車「お座トロ列車」に乗車する。
お座敷車両とトロッコ車両を組み合わせたこの列車は、移動手段でありながら、乗った瞬間から旅の時間そのものへと変わる。

畳敷きのお座敷車両では靴を脱ぎ、低い目線で車窓を眺めることになる。椅子に座って外を見るのとは違い、床に近い視点から流れる景色は、山や川との距離が近く感じられる。車内では日本菓子や地酒を楽しむこともでき、列車に揺られながら過ごす時間が自然とゆるやかになっていく。

一方、トロッコ車両には窓がなく、風や音がそのまま身体に届く。川沿いを走る区間では、水の流れる音と車輪の響きが重なり、視覚だけでなく感覚全体で風景を受け取ることになる。途中、渓谷を見下ろす絶景ポイントでは列車が一時停車し、清流と山々の景観をゆっくり眺める時間が設けられる。川の流れや風の音がはっきりと聞こえ、走行中とは異なる距離感で自然に向き合えるのが特徴だ。

この列車に乗っている間、急ぐ理由はどこにもない。ただ景色が流れ、身体が揺れ、その時間が静かに積み重なっていく。その感覚こそが、お座トロ列車が多くの人に記憶される理由なのだろう。

お座トロ列車は主に4月から11月の土休日に運行され、トロッコ車両の窓が開放されるのは6月から9月のみである。会津若松発は1日2本と本数が限られているため、事前に運行日と時刻を確認しておきたい。今回は湯野上温泉駅から七日町駅までの区間を利用するが、進行方向によって車窓の印象は大きく変わり、同じ路線でも異なる表情を見せてくれる。

お座トロ列車を降り、七日町駅に到着すると、空気が少し変わる。


湯野上温泉や南会津の山間部で感じていた静けさとは異なり、ここには城下町として長く人々の暮らしを支えてきた、落ち着いた日常の空気がある。七日町は江戸時代から商人町として発展してきたエリアであり、現在も蔵造りの建物や旧家を活用した店舗が点在している。観光地として過度に整備されすぎていないため、歩いていると「暮らしが続いてきた町」であることが自然と伝わってくる。

ここでは、目的地を急いで巡る必要はない。列車旅の余韻を残したまま、ゆっくりと歩くこと自体が、この町の楽しみ方である。

末廣酒造

七日町を歩く中で、立ち寄りたい場所のひとつが末廣酒造である。
嘉永3年(1850年)創業の老舗酒蔵で、170年以上にわたり会津若松の地で酒造りを続けてきた存在だ。

建物の一部は国の登録有形文化財にも指定されており、蔵の中に足を踏み入れると、独特のひんやりとした空気とともに、長い時間の積み重なりを感じることができる。見学では、日本酒がどのような工程を経て造られるのかを、実際の蔵を見ながら知ることができ、専門的な知識がなくても理解しやすい構成になっている。

外国人旅行者への配慮も行き届いており、英語の簡易資料が用意されている点は安心材料のひとつである。説明は過不足なく、日本酒に詳しくない人でも置いていかれることはない。

併設のショップでは、地酒の試飲や購入が可能で、酒粕を使ったスイーツや調味料なども揃っている。ここで選ぶ一本やひと品は、単なる土産というより、会津で過ごした時間を思い出すきっかけになるだろう。

会津若松の象徴へ|鶴ヶ城

七日町で町の空気に触れたあとは、会津若松の象徴である鶴ヶ城へ向かう。
七日町周辺から鶴ヶ城までは距離があるため、移動にはタクシーを利用するのが現実的である。会津若松市内ではタクシーが比較的つかまりやすく、主要観光地への移動にも慣れているため、外国人旅行者でも安心して利用できる。

鶴ヶ城は別名・若松城とも呼ばれ、日本で唯一赤瓦の天守を持つ城として知られている。四季によって表情が大きく変わる城であり、春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色と、訪れる季節によって印象はまったく異なる。特に雪に覆われた冬の姿は、日本国内でも評価の高い景観のひとつである。

城内は博物館として整備されており、戦国時代から幕末にかけての会津の歴史を学ぶことができる。戊辰戦争において、会津藩は最後まで徳川側につき、激しい戦いを経験した。敗者の立場に立たされながらも、その誇りを失わずに歩んできた歴史は、今も会津の人々の気質に色濃く残っている。

展示をすべて理解しようとする必要はない。重要なのは、なぜこの城が今も大切にされ、語り継がれているのかを感じ取ることである。

鶴ヶ城の敷地内には、千利休の高弟・蒲生氏郷によって建てられた茶室「麟閣」がある。


ここでは呈茶体験として、抹茶と和菓子をいただくことができる。海外では抹茶といえば甘い飲み物のイメージが強いが、日本の抹茶は渋みと旨味が調和した、静かな味わいを持つ。武の象徴である城と、茶の文化を体現する麟閣。この二つが同じ敷地に並ぶことで、会津という土地が持つ価値観の幅がより広がって見える。

渓谷に佇む料理宿|藤龍館

鶴ヶ城を見終えたら、会津若松の市街地を離れ、再び湯野上温泉エリアへ戻る。予定が合えば再びお座トロ列車に乗るのも一案だ。往路とは異なる光や景色が、旅の終わりを穏やかに整えてくれる。

この日の宿は藤龍館。湯野上温泉にある老舗の料理旅館で、会津の旅を食と湯でまとめるための宿として位置づけやすい。館は全12室。過度な装飾はなく、廊下や客室のつくりも落ち着いている。規模が大きすぎないため、館内に人の気配が溜まりにくく、滞在中は自然と部屋や湯で過ごす時間が長くなるだろう。

藤龍館の大きな特徴は、全客室に源泉かけ流しの内湯が備わっている点にある。


大浴場の利用に不安がある場合でも、プライベートな空間で温泉を楽しめる設計は、外国人旅行者にとってもハードルが低い。特別室「藤月」「龍月」では、渓谷を望む客室露天風呂も用意されている。

内湯に加え、大浴場「朧月」「満月」、予約不要の貸切露天風呂(繊月・三日月)も利用可能。使い分けがしやすく、温泉に慣れていない人でも無理なく滞在できる。

龍館を料理旅館たらしめているのは、やはり夕食の完成度にある。


会津の水で引いた出汁を土台に、米、野菜、川魚、福島牛といった土地の素材を用いながら、構成はあくまで正統な日本料理。奇をてらった演出ではなく、一品ごとの温度、間、香りの立ち方で印象を積み重ねていく懐石だ。

座付から向付、温物へと進む流れには無理がなく、味の強弱も抑制されている。濃さで記憶に残すのではなく、「どう食べたか」が後から思い出されるタイプの料理といえる。器や盛り付けにも季節や土地性が反映され、料理単体ではなく、一連の体験として設計されている点が印象的だ。

食事の始まりには地元酒での乾杯が用意される。これは単なるサービスではなく、会津の水と米で醸された酒を入口に、料理へと意識をつなげるための導線でもある。器の使い方や蓋の扱い方など、さりげない所作の中にも、日本料理が培ってきた文脈が自然に織り込まれている。

翌朝の朝食も、前夜の延長線上にある。重箱仕立てで供される料理は、派手さこそないが、一品ずつ手がかかっており、味の方向性も明確だ。出汁の輪郭や火入れの穏やかさなど、夜の余韻を引き継ぐような構成で、藤龍館の料理に通底する考え方が、朝の食卓にも静かに表れている。

旅の締めくくり

このルートは、どこか一か所が強く印象に残るタイプの旅ではない。


移動、町歩き、食事、滞在が均等な重さで積み重なり、全体として静かに記憶に残る構成になっている。特別な体力や下調べを必要とせず、公共交通を軸に再現できる点も、この旅の現実的な価値だ。観光地を次々と消費するのではなく、土地の流れに身を委ねながら過ごす。その姿勢が、この一日にはよく似合っている。

にぎやかな日本よりも、少し静かな日本を知りたい人。


何度か日本を訪れた経験があり、次は場所の数ではなく、過ごし方の質を大切にしたい人。


旅館で眠り、湯に浸かり、何もしない時間そのものを味わいたい人にとって、この会津の一日は心地よく作用するだろう。会津を訪れるなら、まずはこの形で一日。


移動と滞在のバランスを意識するだけで、旅の質は驚くほど変わる。静かに、しかし確かに、この土地の輪郭が立ち上がってくるはずだ。