新潟県十日町市、日本有数の豪雪地帯に位置する松之山温泉。日本三大薬湯の一つに数えられるこの地で、明治29年から暖簾を守り続けているのが「ひなの宿 ちとせ」です。かつては雪に閉ざされ、冬の客足が途絶えた時期もありましたが、現在はその雪や地域の文化を「宝」と捉え、国内外から多くのゲストが訪れる滞在型のリゾートへと進化を遂げています。
今回は、自らの「雪国への劣等感」を克服し、松之山ならではの価値を世界へ発信し続ける4代目・柳 一成さんに、宿の歴史や温泉のエネルギー、そして「米でお米を炊く」独自の食文化について詳しくお話を伺いました。

鶴我東山総本山 支配人・物江 潤さん
雪は苦しみではなく「魅力」。三代目が遺した「雪見亭」の精神

ーーまず、「ちとせ」さんの歩みについて教えてください。
柳さん: 創業は明治29年です。私の先祖が近くの「千年(ちとせ)」という集落から出てきて、この素晴らしい温泉がある場所で宿を始めたのがきっかけです。代々受け継いできましたが、大きな転機は父である3代目の時代でした。

ーーかつての松之山は、冬にお客様を迎えるのが難しかったと伺いました。
柳さん: はい。昭和50年代後半まで、冬は雪に埋もれてお客様が来られない「開店休業」の状態でした。父はその雪に苦しめられながらも、「雪を売り物にしよう」と決意し、雪を見る館という意味の「雪見亭」を建てたんです。雪に対する価値観を逆転させた父は、近くにスキー場を作る原動力にもなりました。その精神を引き継ぎ、今回のリニューアルでは、冬に2〜3泊とゆっくり滞在していただけるセミスイートのお部屋なども用意しました
地底からのエネルギーを浴びる。古代の海が沸き立つ「薬湯」の力

ーー松之山温泉は、非常に珍しい特徴があるそうですね。
柳さん: ここの温泉は火山性ではなく、古代の海水が地層に閉じ込められ、地熱で沸騰している「ジオプレッシャー型」という非常に珍しいものです。98度という高温で自噴しており、私は温泉を「天から降ってくる雪」と並ぶ「地から湧き出るエネルギー」だと思っています。
ーーまさに、地球のエネルギーを直接肌で感じる場所なのですね。
柳さん: そうですね。自分たちがこのエネルギーがある場所に生きているという魅力を認識し、それを伝えていくのが私たちの役割だと思っています。
お米でお米を炊く。持続可能な「里山料理」と「棚田鍋」の知恵

ーーお料理について、「里山料理」という言葉に込められた想いを教えてください。
柳さん: 里山には、今でいう「持続可能性(サステナビリティ)」や「循環」が当たり前に息づいています。それを象徴するのが、当館の名物「棚田鍋」やおにぎりです

ーー「お米でお米を炊く」というのは、どのような仕組みなのでしょうか。
柳さん: 昔の農家では、精米時に出る「籾殻(もみがら)」を燃料にして羽釜でお米を炊いていました。まさに「お米(籾殻)でお米を炊く」という全自動の知恵です。炊いた後の灰は雪を溶かす融雪剤になり、やがて田んぼの肥料になります。また、棚田鍋はお米を炒めてコクを出したスープで作るのですが、これは「たくさん炊いて残ってしまったお米を無駄にしない」という発想から生まれた、里山の循環を体現した料理なんです
靴を脱ぎ、自分を解放する。畳敷きの温もりと「湯治バー」の交流

柳さん: 旅人がわらじを脱ぎ、足を洗って「やっと休める」と解放される瞬間の心地よさを大切にしたくて、スリッパをなくして全館畳敷きにこだわりました。また、東日本大震災後のリニューアルでは、ユニバーサルデザインも取り入れ、どなたでも安心して過ごせる空間づくりを目指しました。
ーー地域の方と交流できる「湯治バー(地酒BAR)」もユニークですね。
柳さん: 昔の松之山は、農家の人たちが農閑期に集まり、情報を交換する「湯治場」でした。その役割を現代に再現したのが「湯治バー」です。宿の中に閉じこもるのではなく、外に出て地域の人や他のお客様と交流する、そんな昔変わらぬ風景を大切にしたいと思っています。
ーー最後に、これからお越しになる方へメッセージをお願いします。
柳さん: 私は子供の頃、この雪深い田舎に強い劣等感を持っていました。しかし、今はここにある「ありのまま」が最高の魅力だと確信しています。日本の原風景や里山の知恵に触れたいという方と、ぜひ「相思相愛」のような関係になれたら嬉しいですね

一歩足を踏み入れれば、そこには都会の喧騒を忘れさせる、柔らかい畳の感触と薬湯の香りが待っています。「ひなの宿 ちとせ」の「ひな」とは、都会に対する「地方(ローカル)」を意味する言葉。柳支配人が語る「雪と温泉のエネルギー」に包まれ、棚田の恵みを味わうひとときは、忘れていた生命の力を呼び覚ましてくれるはずです。
鶴我 東山総本山
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