静岡市清水区、かつて旧東海道の17番目(あるいは18番目)の宿場町として栄えた「興津(おきつ)」。古くから峠越えの旅人が翼を休めたこの地に、江戸時代から「旗籠」として暖簾を守り続けてきたのが「割烹旅館 岡屋(おかやりょかん)」です。300年近い歴史を背景に持ちながら、現在は「現代人の疲れを癒やす」ための革新的な試みを続けています。
今回は、一度は外の世界を経験したのちに家業を継ぎ、地域全体の観光活性化にも尽力する支配人の小田 啓吾(おだ けいご)さんに、宿が大切にする「回復」の哲学と、歴史ある庭園や美食へのこだわりについて伺いました。

岡屋旅館 支配人 小田 智也 さん(左)と大﨑(右)
江戸時代から続く「旗籠」

ーーまず、岡屋旅館さんの歩みについて教えてください。
小田支配人(以下、小田さん): 正確な文献は多く残っていないのですが、江戸時代から「岡屋」という名前で旗籠として存在していたことは分かっています。興津は、難所とされた薩埵(さった)峠を控えた宿場町として、古くから多くの旅人が休息をとる場所でした,。私たちはその歴史を現代に引き継ぎ、お客様をお迎えしています。
ーー小田さんご自身は、最初から宿を継ぐと決めていたのでしょうか。
小田さん: 実は学生時代は、旅館で働くとは全く思っていませんでした。しかし、家業が旅館であることから幼い頃から接客業が身近にあり、お客様と触れ合う楽しさを改めて実感したことで、この道に戻る決意をしました,。
庭園がもたらす「心の休息」

ーー宿に入ってまず目を引くのが、美しいお庭ですね。
小田さん: 庭園は当館の大きな自慢で、現在は「池の庭」「五葉松の庭」「裏庭」の三つがあります。最近、リフォームを行ったのですが、一番大切にしたのは「緑を見ることで気持ちを軽くしていただく」という点です。
ーー特に立派な松の木がありますが。
小田さん: はい、メインとなる「五葉松」は100年以上前、それ以上前からこの庭で時を刻んできたものです。代々の先祖が大切に手入れしてきたこの木を、私も守り続けていきたいと考えています。日本人のお客様はもちろん、海外からのお客様も錦鯉や松の美しさには非常に驚き、喜んでくださいますね。

割烹旅館ならではの料理

ーーお料理についても、静岡ならではのこだわりを感じます。
小田さん: 料理は、静岡市が誇る海鮮を中心に構成しています。なかでも、興津の名物として親しまれてきた甘鯛をアレンジした「甘鯛の松かさ焼き」は、当館のメイン料理として必ずお出ししています。また、マグロの生産量日本一を誇る静岡らしく、清水港から仕入れる鮮度抜群のマグロにもこだわっています。

ーー提供の仕方も、一般的な旅館とは少し違うそうですね。
小田さん: 改修を機に、料理を一品ずつお出しする「割烹スタイル」に変えました。あえて時間をかけて提供することで、お連れ様との会話を楽しみながら、ゆったりとした時間を堪能していただきたいという狙いがあります。
全館畳敷きで叶える心身の回復

ーー「宿泊は人助けである」というお考えが非常に印象的です。
小田さん: 業界活動に携わる中で、「旅館がどう人助けになるのか」を模索してきました。たどり着いた答えが、「1日を堪能していただくことで、日々の疲れを回復していただく」ということです。お客様がチェックアウトする際に「癒やされた、明日からまた頑張ろう」と思える場でありたいと考えています,。

ーーそのために、館内の設備にも工夫を凝らしているとか。
小田さん: コロナ禍での改修を機に、館内を全て畳敷きにしました。スリッパを廃止したのですが、フローリングを素足で歩くと疲れが溜まってしまうため、足への負担を軽減できるよう畳を選んだのです。ビジネスホテルが「寝るための場所」だとしたら、旅館は「滞在して回復するための場所」。その違いを大切にしたいですね。
ーー最後に、これからお越しになる方へメッセージをお願いします。
小田さん: 私たちは、お客様がワクワクし、癒やされるような対応を全力で心がけています。歴史ある興津の空気の中で、畳の温もりに触れ、美味しい魚を食べて、心身ともに「回復」した状態で日常に戻っていただければ、これ以上の喜びはありません。

300年の歴史が宿る建物に一歩足を踏み入れれば、そこには現代の機能美と伝統的な安らぎが共存しています,。小田支配人が掲げる「回復」という名のホスピタリティは、五葉松が揺れる庭園や、丁寧に供される一皿一皿の中に静かに息づいていました。東海道の旅人がかつてそうしたように、日々の喧騒を忘れ、自分を取り戻すための贅沢な時間が、ここ岡屋旅館には流れています。
割烹旅館 岡屋
詳細を見る
