インタビュー

【福島・芦ノ牧温泉】大川荘・渡辺社長が描く、会津の文化に触れる新しい旅の形

福島県会津若松市の市街地から少し足を伸ばした渓谷沿いに位置する、芦ノ牧温泉。その中でも、棚田を模した絶景の露天風呂や、ロビーに響き渡る三味線の生演奏で知られ、多くの旅行者を魅了しているのが「大川荘」です。 今回は、大川荘の経営を引き継ぎ、宿の改革だけでなく「日本人の遊び方を変える」という壮大なビジョンに向かって挑戦を続ける渡辺社長にインタビュー。現場の信頼を勝ち取るために奔走した日々から、地域にお金を循環させるという強い信念、そして会津の文化を伝える新たな取り組みまで、熱い思いを伺いました。

大﨑 庸平

株式会社 Hinotori 代表取締役

大﨑 庸平

地域観光と地域旅館が好きで株式会社Hinotoriを起業しました。以前は株式日本ユニストにて熊野古道の宿「SEN.RETREAT」を立ちあげ集客していました。「地域のまごころが報われる世界を創る」をミッションに旅館と地域観光を盛り上げたいと思っています。以前は屋内型テーマパークSMALL WORLDSやアートアクアリウム美術館の立ち上げに参画してマーケティングをしたりとマーケティング畑が長いです。新卒ではPwCコンサルティングに所属しておりました。

http://hinotori-trip.com/media

大川荘社長 渡辺さん(右)、大﨑(左)

福島県会津若松に佇む、大川荘。

社員の信頼を得るため、1日4万歩を歩いた現場時代

ーー渡辺社長ご自身も、幼い頃から旅館に縁があったそうですね。

渡辺社長:はい。私はここ会津ではなく、中通りにある磐梯熱海温泉の旅館(八幡屋)で生まれました。旅館のフロントの裏側が我々の生活の場で、子供の頃からお膳を運んだり、お客様の宴会に混ざったりして育ちました。当時は子供ながらに「こんな旅館にしたい」と理想の旅館の絵を描いたりしていましたね。

ーーその後、この大川荘の経営を引き継ぐことになった際、最初はご苦労もあったのではないでしょうか。

渡辺社長:私が来た時に一番壁を感じたのは、やはり「社員がついてこない」ということでした。この旅館の生まれでもなく、この土地の生まれでもない二代目が突然入ってくるわけですから、当たり前のことだと思います。 だからこそ、最初にやったのは「社員以上に働く」ことでした。朝の6時から夜中の11時まで、20kgもあるような重い荷物を運び続ける毎日。万歩計をつけてみたら、1日4万歩も歩いていました。ダイエットの必要がないくらいムキムキでガリガリになるほどハードでしたが、そうして現場を一番知ることで、だんだんと社員に話を聞いてもらえるようになり、信頼関係を築いていきました。

つかず離れずの接客と、女将である奥様への思い

ーー接客において、大川荘が一番大切にしていることは何ですか?

渡辺社長:両親からも教わってきた「つかず離れず」の距離感です。旅館の接客は、べったりしすぎてもいけないし、離れすぎてもいけません。ただマニュアル通りにするのではなく、日々の生活の中で「楽しかったな」と感じるような自然体な気持ちでお客様をもてなしてほしいとスタッフには伝えています。

ーー奥様も女将として一緒に大川荘を支えていらっしゃいますね。

渡辺社長:実は、私自身が旅館で育ち、土日や年末年始など家族と一緒に過ごす時間が全くなかった幼少期の記憶があったので、自分の妻には「女将はやらせたくないな」という思いがあったんです。 でも、いざ結婚するとなると、無意識のうちに女将が務まるような、はつらつとした女性を選んでいたんですよね。彼女自身も自然と女将としての役割を担ってくれていて、とても感謝しています。

観光は「還流装置」。会津の食材と文化で地域を豊かに

ーーお食事についてのこだわりを教えてください。

渡辺社長:会津以外のどこでも食べられる料理を出してしまっては、会津に来た意味がありません。ですから、会津の食材をしっかり味わっていただくことをコンセプトにしています。

ーー食事だけでなく、館内の改装などにも「地域」への思いを感じます。

渡辺社長:観光というのは、地域外からお客様を呼んで「外貨を稼ぐ」という役割があります。しかし、ただ稼ぐだけではなく、我々旅館が地域の食材や産業にお金を還元しなければなりません。私は観光を地域の「還流装置」だと考えています。お客様が落としてくれたお金が地域の外へ出ないように循環させることで、地域全体が豊かになっていく。 だからこそ、館内のデザインもモダンな要素は取り入れつつ、地域の木や石、地域の家具をふんだんに使い、会津の自然や素朴さを感じられる空間にするよう心がけています。

名物・三味線の浮き舞台と棚田の露天風呂

ーー大川荘といえば、ロビーの浮き舞台での三味線演奏が有名ですね。

渡辺社長:あれは私が引き継ぐ前からあるもので、外の滝から水が流れ込む舞台で三味線を弾くというコンセプトです。もう30年以上、毎日休まずに2時間演奏を続けています。担当しているえみ子先生も、ここで弾くことにすごく誇りを持ってくださっています。 旅館には「日本の文化を感じられる場所」としての役割もあります。チェックインでお見えになったお客様に、最初の感動を味わっていただくための大切なお出迎えの演出です。

ーー絶景の「棚田の露天風呂」も素晴らしいですね。

渡辺社長:ありがとうございます。あれは先代である会長が、ここから車で5分ほどの場所にある芦ノ牧の集落の美しい棚田を見て、「こういうお風呂を作りたい」と発案して形になったものです。ここにも地域の原風景が息づいています。

日本人の遊び方を変える生業体験

ーー社長は「日本人の遊び方を変える」というキーワードも掲げていらっしゃいますね。

渡辺社長:私が子供の頃の旅館は、団体旅行のお客様が夜中にどんちゃん騒ぎをして、二日酔いで帰っていくというスタイルが主流でした。でも時代は変わり、私自身バックパッカーを経験する中で、ただお酒を飲んで温泉に入るだけでなく、その地域の文化や体験から「学びや気づき」を得るのが本当の旅行だと思うようになったんです。 地域の人々がどう生きてきたかという文化に触れる旅行をしてほしい。そんな思いから、「日本人の遊び方を変える」という言葉に行き着きました。

ーーその思いが、新たなプロジェクトにも繋がっているのですね。

渡辺社長:はい。例えば「NoWhere」という施設を拠点にした「エクストリーム温泉」という体験ツアーがあります。大自然の中で湧き出す「野湯」を目指して山を登るという、かつては一部の物好きしか楽しめなかった体験を、若い人たちにも安全に楽しんでもらえるよう、装備や知識を提供するビジターセンター的な役割を作りました。

ーー「会津ドリーム開発」という会社で提供している体験プログラムについてはいかがですか?

渡辺社長:漆塗りや刀鍛冶など、会津には素晴らしい文化がありますが、職人さんたちはそれを作るのが「生業」であり、一般向けの「体験」として商品化するのは難しかったんです。そこで私たちが協力し、生業のなかに旅行者が入り込み、漆塗りの大変さや時間の長さを実感してもらう。そういった隠れた価値を掘り起こし、旅行商品としてブラッシュアップするための会社です。

会津の人々の「生き様」を感じてほしい

ーー最後に、これから大川荘や会津を訪れるお客様、特にインバウンドの方々へメッセージをお願いします。

渡辺社長:会津は、東京や世界中の有名な観光地のような煌びやかな場所ではありません。人口減少も進む田舎です。 しかし、この地域に住む人々がどのような歴史を重ね、どのような文化を育み、どう生きてきたかという「人のなり(生き様)」には、世界に誇れる素晴らしいものがたくさんあります。派手さはなくても、そういった会津の人々の歩みや文化の深さを、国内外を問わず多くの方に感じていただきたいと願っています。

終わりに

絶景の露天風呂や心躍る三味線の音色。大川荘の魅力は目に見えるものだけにとどまりません。その根底には、泥臭く現場を駆け回った渡辺社長の情熱と、地域にお金を循環させ、会津の文化を次世代へ残そうとする深い郷土愛がありました。 「ただ温泉に浸かって帰るだけ」の旅から、地域の生き様に触れ、心に新たな気づきを持ち帰る旅へ。 大川荘を訪れれば、きっとあなたも「新しい旅の形」に出会えるはずです。


大川荘

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