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古民家に泊まり、港町の日常を旅する|静岡・用宗「日本色 NIHON IRO」宿泊記


静岡を旅すると聞いて、どんな景色を思い浮かべるだろう。

富士山や茶畑、温泉。静岡には全国的に知られた場所がいくつもある。けれど、静岡駅から少し足を延ばした海沿いには、観光地を巡る旅とは少し違う時間を過ごせる、小さな港町がある。

静岡市の南西部に位置する用宗

海辺を歩けば潮風を感じ、港には漁船が並ぶ。昔ながらの家々が残る町の中には、天然温泉やクラフトビールの醸造所といった新しいスポットも生まれている。どこか懐かしい港町の風景と、新しい楽しみ方が自然に溶け合っている場所だ。

今回宿泊したのは、そんな用宗の町に点在する一棟貸しの宿「日本色 NIHON IRO」。

古民家などをリノベーションした一棟を丸ごと借り、そこを旅のあいだの「」にして過ごす。部屋で静岡茶と羊羹をいただいたら、海辺を散歩し、歩いて温泉へ。湯上がりには用宗で造られたクラフトビールを楽しみ、夜は古民家に戻って炭火を囲む。翌朝には、地元のお母さんが部屋を訪れ、朝ごはんを用意してくれる。

振り返ってみると、何か一つの観光名所を目指した旅ではなかった。それでも、町を歩き、その土地のものを味わい、いつもの生活のように一日を過ごすこと自体が、用宗を知る体験になっていた。

「泊まりに行く」というより、知らない町にもう一つの家を持つような感覚。

この記事では、一棟貸しの古民家「撫子」を拠点に、海、温泉、食を楽しみながら過ごした用宗での一日を紹介していきたい。

前田祐佳

株式会社 Hinotori

前田祐佳

アメリカ生まれ、沖縄県育ち。旅行を通して、その土地ならではの景色や食、文化に出会うことが好き。特に、まだ広く知られていない場所を見つけ、新しい旅先を開拓することに関心を持つ。英語力と自身のバックグラウンドを活かし、日本に眠る旅館や観光地の魅力を発掘し、海外へ届けることを目指している。

15:00|チェックイン 古民家で過ごす「暮らすような」滞在

15時、チェックインを済ませ、今回宿泊する撫子へ向かった。玄関を開けて最初に感じたのは、想像していた以上の開放感だった。天井が高く、室内はとても綺麗に整えられている。それでいて、新しいホテルのようにすべてが均一につくられているわけではない。窓や扉などには昔ながらの日本家屋の面影が残されており、古民家ならではの味わいがある。個人的に最初に浮かんだのは、「おばあちゃんの家に来たような落ち着き」だった。

もちろん、キッチンや家電、水回りなどは現代の生活に合わせて整えられているため、不便さを感じることはない。それでも、建物そのものが持つ懐かしさが残っているからなのか、初めて訪れた場所なのに自然と肩の力が抜けていった。

一階には広々としたリビングダイニングがあり、大きなテレビとソファが置かれている。ダイニングも十分な広さがあり、冷蔵庫は大容量。町を散策しながら飲み物や食べ物を買って帰ってきても、保管場所に困ることはなさそうだ。二階へ上がると、畳が敷かれた広々とした空間が現れる。一階の開放的なリビングとはまた違った落ち着きがあり、夜になってからゆっくり話をしたり、その日に撮った写真を見返したりするのにも心地よい。

ホテルでは基本的に「客室」という一つの空間で過ごすことになる。しかし一棟貸しなら、リビングで音楽を聴いたり、ダイニングで食事をしたり、二階の畳でくつろいだりと、そのときの気分に合わせて過ごす場所を変えられる。

撫子にはシャワーのほかに檜風呂も備えられている。用宗みなと温泉へ出かけるのも楽しみの一つだが、移動で疲れているときや、夜にもう一度ゆっくり体を温めたいときには、部屋の中でお風呂に入れるのもありがたい。日本色は棟によって間取りや設備、雰囲気が異なり、檜風呂がない棟もある。だからこそ、一度泊まって終わりではなく、次は違う棟を選んでみる。同じ日本色でも、泊まる家によってまた違った時間を過ごせることも、この宿の面白さなのだと思う。

15:30|緑茶と羊羹で、まずはひと休み

部屋を一通り見て回った後は、リビングで少し休憩することにした。部屋には静岡の緑茶が用意されている。そして、その隣に置かれていたのが羊羹だった。この羊羹を販売しているのは、静岡市にある株式会社前田金三郎商店。日本色の各棟に合わせた名前が付けられており、宿の中で楽しめる小さなおもてなしの一つになっている。

お湯を沸かし、緑茶を淹れて羊羹と一緒にいただく。羊羹の優しい甘さの後に緑茶を飲むと、ほどよい渋みが口の中をすっきりとさせてくれる。旅先に着くと、つい「せっかく来たから」とすぐに外へ出かけたくなってしまう。けれど、古民家のソファに座り、まずは温かいお茶を飲んで一息つく。それだけで、移動中に少し張っていた気持ちがゆっくりとほどけていくようだった。ホテルのウェルカムドリンクとはまた少し違う。自分たちの家に着いて、まずお茶を淹れる。そんな日常に近い時間から、日本色での滞在が始まった。

16:00|海辺を歩きながら、用宗の町を知る

少し休んだ後は、用宗の町を歩いてみることにした。日本色に泊まるなら、予定を詰め込みすぎず、こうして何となく町を歩いてみる時間をつくるのもおすすめしたい。宿から海辺まではすぐ。少し歩くだけで視界が開け、目の前には海が広がる。海沿いをゆっくり歩いたり、気になった風景で足を止めて写真を撮ったり。観光名所を目指して歩いているわけではないので、「次はどこへ行かなければ」と時間を気にする必要もない。

海を眺めながら歩き、気になる道があれば少し入ってみる。そんな自由な散歩が、この町にはよく似合う。用宗は決して大きな観光地ではない。だからこそ、人の多い観光地とは違う港町の日常そのものが残っているように感じられた。海の景色や昔ながらの家々を写真に収めながら歩いていると、時間も自然とゆっくり流れていく。何か特別な体験をしているわけではない。それでも、普段の生活から少し離れて、海の近くを目的もなく歩く時間は思っていた以上に心地よかった。

17:00|港町を歩いたあとに入る、用宗の湯

町を歩いて少し汗をかいたところで、用宗みなと温泉へ向かった。散歩の後にそのまま温泉へ行けるのも、日本色での滞在のうれしいところだ。さらに、日本色の宿泊者は滞在中、用宗みなと温泉を何度でも無料で利用できることも嬉しいポイントであった。宿から温泉までは徒歩7分ほど。トゥクトゥクでの送迎を利用することもできるが、今回は町の雰囲気をもう少し感じながら歩いて向かうことにした。

用宗みなと温泉では、敷地内の地下1000mから汲み上げた天然温泉を楽しむことができる。泉質はpH8.3の弱アルカリ性、ナトリウム・カルシウム-塩化物泉。保温・保湿効果に加え、古い角質や肌の汚れを落とすクレンジング効果も期待できるという。浴場には温泉だけでなく、高濃度炭酸泉、サウナ、水風呂、外気浴スペースも用意されている。

サウナは広々としていて、しっかり汗をかいた後は水風呂へ。そのまま外へ出れば、風に当たりながらゆっくり休むこともできる。露天風呂には、天候に恵まれれば富士山を望める「富士見小屋」もある。

たくさん歩いた後に、広い湯船へ体を沈める。それだけで一日の疲れがゆっくり抜けていくようだった。そして、実際に利用して便利だったのがタオルを部屋から持っていく必要がないこと。日本色の宿泊者にはバスタオルとフェイスタオルの貸し出しがあるため、着替えなど必要なものだけを持って気軽に向かうことができる。旅行先で温泉へ行くとなると、つい荷物が増えてしまう。その点、着替えだけ持って町のお風呂へ行き、さっぱりしたらまた家へ帰る。そんな何気ない流れも、日本色ならではの滞在の楽しさだと感じた。

18:30|お風呂上がりは、WCBのクラフトビール

温泉で汗を流した後は、そのままWest Coast Brewing(WCB)へ。用宗にはクラフトビールのブルワリーがあり、さまざまな種類のビールを楽しむことができる。お風呂上がりにそのまま地元のクラフトビールを飲める。

ビールが好きな人にとっては、これだけでも用宗を訪れる楽しみの一つになると思う。クラフトビールの面白いところは、同じビールでも種類によって香りや苦味、甘みが驚くほど違うこと。自分の好みが分かっている人は好きな一杯を選ぶのもいいし、まだ分からない人なら、違う種類を試しながらお気に入りを探すのも楽しい。

今回いただいたのは、柑橘系の爽やかなクラフトビール。温泉とサウナで温まった後だったこともあり、爽やかな香りとさっぱりした味わいが心地よく、体が一気にリフレッシュしていくようだった。

用宗で造られたビールを、用宗で飲む。旅先では、その土地で生まれたものを、その土地で味わうだけでも特別な体験になる。

なお、WCBの用宗タップルームは22時までの営業で、ラストオーダーは21時。夕食後にゆっくりしていると間に合わない可能性もあるため、日本色に泊まるなら、温泉上がりから夕食までの時間に立ち寄るのがおすすめだ。

19:30|古民家に帰って、七輪を囲む夕食

クラフトビールを楽しんだ後は、撫子へ戻って夕食。外から戻って扉を開けたとき、不思議と「宿へ戻ってきた」というより、「家に帰ってきた」ような感覚があった。

夕食は、肉、干物、野菜などを自分たちで七輪にのせ、炭火で焼きながら楽しむスタイル。食事の時間に合わせて宿の方があらかじめ炭を準備してくださるので、席に着いたら好きな食材から焼いていく。炭の上に肉をのせると、ジュッという音とともに香ばしい匂いが広がる。「もう焼けたかな」と確認したり、次は何を焼こうかと話したり。完成した料理が運ばれてくるレストランとは違い、焼き上がるまでの時間も含めて夕食を楽しむことができる。

特に印象に残ったのがお肉だった。驚くほど柔らかく、ほとんど噛まなくても食べられるのではないかと思うほど。干物もしっかりと旨味があり、お酒との相性がとてもいい。野菜は一つひとつが大きく、新鮮で、炭火で焼くことで表面には香ばしさが加わり、中には素材そのものの甘みが残っている。

食材にも、この土地とのつながりがある。干物は用宗海岸の目の前にある「かねいち干物店」の完全無添加の干物。肉は静岡の精肉店「はなしろ」、野菜は駿河区で親しまれている「スーパーおさだ」から仕入れられている。そしてお米には、用宗の「前田米店」が用意する静岡県産コシヒカリ。

旅先でその土地のものを食べるだけでなく、それを古民家の中で自分たちの手で焼いて味わう。

炭火を囲みながら食事をしていると、部屋へ入った瞬間に感じた「おばあちゃんの家のような落ち着き」が、さらに強くなっていった。初めて訪れた場所なのに、どこか懐かしい。食材のおいしさはもちろん、二人で炭火を囲みながらゆっくり話す時間まで含めて楽しめる夕食だった。

20:45|花火を持って、夜の用宗海岸へ

夕食を終えた後は、受付で購入しておいた花火を持って海へ向かった。

用宗海岸は宿からすぐ近くにあり、歩いて向かえる距離にある。周辺には明かりもあるため、真っ暗な道を歩いていくような不安もなく、花火を持って海まで向かう時間から自然と気分が高まっていった。昼間に散歩した海辺も、夜になるとまったく違った雰囲気を見せる。海の向こうには街の明かりが見え、空を見上げれば星が広がる。耳に届くのは、一定のリズムで繰り返す波の音。昼間は写真を撮ったり、景色を眺めたりしながら歩いた場所だったが、夜は静けさそのものを楽しむ場所に変わっていた。

最初は手持ち花火から。火をつけると、暗い海辺に色鮮やかな光が広がり、その一瞬だけ周囲が明るく照らされる。子どもの頃にはよくやっていた花火も、旅先の海辺ですると不思議と少し特別に感じられた。

そして最後は、線香花火。小さな火の玉から細かな火花が静かに散っていくのを眺めながら、後ろから聞こえてくる波の音に耳を澄ませる。さっきまでの手持ち花火の賑やかさとは対照的に、小さな火を見守る時間はとても穏やかだった。

実際に泊まってみて便利だと感じたのが、花火用のバケツを宿で貸し出してくれること。花火が終わった後は、使用したバケツを玄関前に置いておけば、宿のスタッフの方が片付けてくれる。旅先で花火をすると、火の始末や後片付けが少し気になるところだが、ここではその負担も少なく、気軽に楽しむことができた。

夕食を終えた後にふらっと海まで歩き、波の音を聞きながら花火をする。用宗の静かな夜の海で過ごすこの時間は、旅が終わった後にもふと思い出すような一場面になった。

翌朝 8:00|地元のお母さんがつくる、用宗の朝ごはん

翌朝の楽しみは、地元のお母さんが作ってくれる朝食だった。日本色では、「おもてなしお母さん」と呼ばれる地元のお母さんが宿泊している古民家を訪れ、その場で朝食を準備してくれる。

この朝食で印象に残ったのは、料理だけではない。朝ごはんが出来上がっていく時間そのものだった。目の前で一品ずつ丁寧に準備してくださる姿を眺めていると、「宿で朝食を提供してもらっている」というより、どこか懐かしい家で朝ごはんを作ってもらっているような気持ちになる。前日に撫子へ入ったときに感じた「おばあちゃんの家のような落ち着き」とも、不思議なくらいよく合っていた。

食卓に並んだ料理の中でも、今回の朝食で特に目を引いたのが円を描くように並べられた六つの小鉢。

山芋のすりおろし、茄子のおひたし、大根の漬物、玉子豆腐、エビのさつま揚げ、蒲鉾。

一つひとつ少しずつ違う味と食感を楽しむことができる。中でも印象的だったのが、玉子豆腐。なめらかな玉子豆腐にはわさびのジェルが添えられていて、優しい味わいの中にわさびの風味がふわりと加わる。そして、六つの小鉢の中央には用宗を代表するしらす。小鉢を一品食べては白いご飯を口に運び、次はしらす、その次は茄子のおひたし。どれもご飯との相性がよく、朝から自然と箸が進んでいった。

この日のメインには、マグロを使った魚料理が用意されていた。身は驚くほど柔らかく、魚特有のクセもほとんど感じない。生姜の風味が効いたしっかりとした味付けで、自然と白いご飯へ箸が伸びる。

そのご飯も印象的だった。炊き上がったお米は一粒一粒がふっくらとしていて、表面がつやつやと光っている。口に運ぶとほどよい甘みがあり、小鉢やしらす、マグロの料理ともよく合う。いろいろなおかずを少しずつ味わいながら、気づけば何度もご飯に手が伸びていた。

そして、この朝食の魅力は料理のおいしさだけではない。用宗の食をよく知る地元のお母さんが、自分たちの泊まっている古民家まで来て、目の前で朝食を準備してくれること。料理が並んでいく様子や、準備をする音まで含めて、どこか懐かしい家で朝を迎えているような温かさがあった。

11:00|チェックアウト、「泊まる」より「暮らす」に近かった一日

日本色を訪れる前の私は、この宿を「古民家をリノベーションした一棟貸しの宿」というイメージで捉えていた。しかし実際に一泊してみると、印象に残ったのは建物だけではなかった。チェックインしたら、まず緑茶と羊羹でひと休みする。海まで歩き、気になる風景を写真に撮る。汗をかいたら町の温泉へ向かい、お風呂上がりには用宗で造られたクラフトビールを飲む。古民家へ帰ったら炭火を囲んで夕食を食べ、夜はソファで映画を見ながらゆっくり話す。そして翌朝には、地元のお母さんが家まで来て朝ごはんを作ってくれる。振り返ってみると、どれも有名な観光スポットを巡るような旅ではない。それでも、その一つひとつを用宗という町の中で経験することで、この土地で一日暮らしたような感覚が残った。

旅先では、つい「どこへ行ったか」「何を見たか」で一日を振り返ってしまう。けれど日本色での滞在を思い返したとき、記憶に残っているのは、緑茶を飲んだ時間だったり、海まで歩いた時間だったり、炭火を囲みながら話したことだったりする。何か特別なことをしなくても、その土地の日常に少しだけ入り込んでみる。そんな旅の仕方があることを、日本色での一日は教えてくれた。

そして日本色は、棟によって間取りや設備、雰囲気も異なる。今回宿泊した撫子には檜風呂や広々としたリビング、二階の畳の空間があったけれど、別の棟を選べば、同じ用宗でもまた違った過ごし方ができる。一度泊まって終わりではなく、「次は別の家に泊まってみたい」と思えることも、この宿の魅力の一つだと思う。

静岡には、富士山やお茶だけではなく、海のそばでゆっくりとした時間が流れる小さな港町がある。もし静岡を訪れる機会があれば、少しだけ用宗まで足を延ばしてみてほしい。古民家に泊まり、町を歩き、温泉に入り、その土地のものを味わう。観光するだけではなく、一日だけ、その町で暮らしてみる。そんな時間もまた、日本を知る一つの旅の形なのだと思う。

日本色 NIHON IRO

日本色 NIHON IRO

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