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伊賀「泊船」宿泊記|図書館とつながるホテルで、本と建築に浸る一泊

三重県伊賀市にある「泊船(HAKUSEN)」は、建築家・坂倉準三が設計した旧上野市庁舎を活用したホテル。

同じ建物には伊賀市中央図書館があり、気になる本を借りて客室へ持ち帰ることもできる。

名建築を訪れるだけでなく、その中で一晩を過ごす。

中庭を囲む廊下、古い窓、まちに響くミュージックサイレン。

図書館と客室を行き来しながら、本と建築に沈んでいく一泊を綴ります。

土田 綾香

株式会社 Hinotori

土田 綾香

パラグアイと日本のハーフ。幼い頃から異なる文化に触れながら育ち、旅や食、日本の文化に惹かれてきた。これまでブランディングデザイナーとして、和包丁や日本酒など、日本のものづくりに関わるブランドの企画・デザイン・発信に携わる。日本に当たり前に存在するものの中から、まだ知られていない価値を見つけ、デザインの力で海外へ届けることを目指している。

図書館に、沈没する。

わたしは図書館が好きだ。たくさんの言葉に囲まれていると、少し圧倒されることもある。それでも本を開けば、いつの間にか自分だけの世界に入り込んでいる。そんな図書館に、もし泊まれたら。選んだ一冊を部屋へ持ち帰り、眠くなるまで読む。

泊船では、そんな夜を過ごすことができる。

坂倉準三の旧上野市庁舎に泊まる

泊船の舞台は、坂倉準三が設計した旧上野市庁舎。

かつて市役所として使われていた建物は現在、ホテルや図書館などが共存する「旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE」として使われている。ホテルは2025年に開業し、2026年4月には伊賀市中央図書館も開館した。

ここに来て思い浮かんだのが、「沈没」という言葉だった。バックパッカーのあいだでは、居心地のいい旅先に予定より長くとどまることを「沈没」と呼ぶ。本を読み、まちを歩き、何もしないまま一日を過ごす。

泊船には、そんな旅がよく似合う。ホテルの名には、図書館を言葉の湖に、宿をそこに浮かぶ船に見立てた思いが込められているという。

ここなら、しばらく錨を下ろしていたくなる。

中庭とミュージックサイレン

建物の中へ入ると、大きな窓と緑の中庭が現れる。

その周りを囲むように、広い廊下と客室が続いている。部屋へ入ると、すっきりとした家具とアート、大きな窓から入る自然光。庭を眺めていると、白い箱のようなものが目に入った。ミュージックサイレンだという。

正午になると、突然、建物の中まで音が響きはじめた。

機械の音なのに、どこか温かい。思わず廊下へ飛び出した。

伊賀のミュージックサイレンは、市民らの寄付によって1959年に設置され、長くまちに親しまれてきたという。

旅人にとっては初めて聞く音でも、ここで暮らす人にとっては日常の音。少しだけ、まちの時間の中へ入り込んだ気がした。

建築そのものを歩く

階下へ降りると、伊賀市中央図書館がある。

大きな窓と高い天井。視線が遠くまで抜ける、開放的な空間だ。

建物には、市庁舎だった頃の表情が随所に残っている。

床のタイル。古い窓。壁に残るびしゃん叩きの跡。

ガラス越しに見る景色は、わずかに揺らいで見える。

図書館や宿泊施設への改修設計を手がけたのは、MARU。architecture。

もとの建築を残しながら、今の人が過ごすための空間へと整えられている。

建てた人。
そこで働いた人。
残そうとした人。
再び使える場所にした人。

その時間の積み重ねの中に、自分も一晩だけ加わっている。

そう思うと、建築の中に「泊まる」という体験が、少し特別に感じられた。

名建築で夜を越す

建築を見に行く旅では、閉館時間になればその場所を離れる。

けれど泊船では、そのまま建築の中に残ることができる。

人が少なくなり、
光が変わり、
やがて夜になる。

そして翌朝、また違う光の中で目を覚ます。

ひとつの建築の中で、時間の移ろいまで味わえる。

それは、泊まった人だけの特権だと思う。部屋と図書館を行き来する距離感も心地いい。

ひとりでいたければ部屋へ。少し外へ開きたくなったら図書館へ。

その先には、伊賀のまちがある。

図書館から本を連れて帰る夜

夜になったら、今夜読む一冊を探しに図書館へ。

泊船の宿泊者は、宿で貸してもらえる図書カードを使って、本を客室へ持ち帰ることができる。

「今夜、一緒に過ごす本」を選ぶ。

それだけで、いつもの図書館とは少し違って感じる。

部屋には、長谷園のブックスタンドや伊賀焼、カキモリの文箱も置かれている。

本を読む。

少し考える。

気が向いたら、
自分の言葉を書いてみる。

本を読むために泊まる。そんな旅があってもいい。

一泊では、足りない

泊船で過ごしていると、一泊では足りないと思った。

朝は図書館へ行き、昼はまちを歩き、疲れたら部屋へ戻る。宿の方は、近くの飲食店や体験についても教えてくれる。伊賀といえば忍者の里として知られているけれど、予定を詰め込まず、しばらく“図書館の住人”になる旅もいい。

名建築を見るためではなく、そこで暮らすように時間を過ごすために訪れる。一冊一冊に積み重なった言葉と時間。そのすべてを知ることはできない。だから今夜は、気になる一冊だけを手に取って、その中へ、ゆっくり沈んでみたい。言葉の湖に浮かぶ船へ、錨を下ろして。明日の行き先は、読み終えてから考えよう。

保護中: 泊船 HAKUSEN

保護中: 泊船 HAKUSEN

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