福岡県うきは市。かつて多くの酒蔵が軒を連ねたこの地で、今や唯一となった酒蔵「いそのさわ」が、大きな変革の時を迎えています。広告代理店出身という異色の経歴を持つ6代目の高橋さんが語る、伝統と革新が交差する酒蔵の新たな姿とは。

(右)いそのさわ6代目の高橋さん。
広告代理店で働かれていた経験を活かして、うきはに残る唯一の酒蔵を守るため奮闘されています。

福岡県うきは・いそのさわ。
地元の方々に愛され、伝統を守りつつ新たな進化を遂げ続ける魅力的な宿です。
「しぶしぶ」始まった、唯一の酒蔵を守る戦い
――まず、この酒蔵の歴史から教えてください。
高橋さん: 創業132年になります。この母屋も創業当時からのもので、非常に歴史があります。かつて、うきはには多くの酒蔵がありましたが、今ではうちが残る唯一の蔵となってしまいました。私は6代目になりますが、実は創業一族とは全く関係がありません。4年半前に、この蔵を譲り受ける形で主事となりました。
――異業種から酒蔵を継ぐことになった経緯は、どのようなものだったのでしょうか。
高橋さん: 正直に言うと、最初は継ぐつもりなんて全くなかったんです。前の会社が清算される際、銀行などの債権者から「経営に関係のなかった第三者が再生を手伝ってほしい」と頼まれました。何度も断りましたが、「あなたが継がないと、うきはから酒蔵がなくなってしまう」と言われ、最後はしぶしぶ引き受けたというのが本音です。

「地元のシンボル」として門戸を開く
――就任後、どのような変化を蔵にもたらしたのですか。
高橋さん: 以前は東京や大阪などの大都市圏へ売ることに注力しており、地元にはあまり開かれていない蔵でした。しかし、私は地元との一体感が大事だと考え、イベントなどを通じて門戸を広げました。初めて蔵に来たという地元の方も多く、「これではいかん、もっと一緒に盛り上がらなきゃいけない」と強く感じました。
――広告代理店でのご経験も活かされているのでしょうか。
高橋さん: そうですね。最初はマイナスからのスタートだったので、まずは知名度を上げ、お酒を知ってもらうために、人を集めて楽しんでもらうイベントのノウハウは非常に役に立ちました。
――酒造りそのものについては、どのように向き合われたのですか。
高橋さん: 決め手は、「水が豊富に湧き、何より日本酒が抜群に美味しかったこと」です。これなら自信を持って友人に紹介できる、俺が作ったと言える、と思えました。酒造りの経験はありませんでしたが、スタッフ全員を以前の蔵から引き継ぎ、新しい方針を打ち出す際も、製造責任者が「新しいことをやってみよう」と賛同してくれたのが大きかったですね。

伝説のピザ職人と、日本唯一の「酒タンクサウナ」
――最近では宿やレストランも話題ですね。
高橋さん: 宿は3年ほど前に作りました。132年の趣を残しつつ、日本酒を存分に楽しめる空間にしています。1階のレストランは、近所に住んでいた世界的なピザ職人、サルバトーレ・クオモ氏に声をかけたところ、この建物と発酵文化に興味を持ってくれて、イタリアンカフェとして生まれ変わりました。うきはの水と食材、そしてお酒を使った料理が自慢です。
――特に「サウナ」が非常にユニークだと伺いました。
高橋さん: 本来はお風呂を作りたかったのですが、予算や建物の関係で難しく、「余っているお酒のタンクを使えないか?」と思いついたんです。実際にやってみると、ホーロー引きで排水も完璧、水風呂にぴったりでした。国税局からは「タンクを廃棄せずに何をしてるんだ!」と最初は怒られましたが、今では「面白い取り組みだ」と褒められます(笑)。

訪れた人が「お酒」になって帰る
――そのサウナや宿には、どんな思いが込められているのですか。
高橋さん: うきはの水は阿蘇山から濾過されたまろやかな水で、蔵の井戸からは1時間に20トンも湧き出しています。宿のコンセプトは、「お客様自身にお酒になってもらうこと」です。
サウナで蒸され、仕込み水と同じ湧き水の水風呂に浸かる。それはお米が「浸漬」されるのと同じ工程です。そして美味しいお酒を飲んでじっくり熟成(宿泊)し、翌朝はお酒になって帰っていただく。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
高橋さん: 日本酒好きの方はもちろん、若い方や海外の方にも、蔵での「初体験」を自由に楽しんでほしいです。いそのさわが、世界中から人を集めてうきはの魅力を発信する拠点となること。それが、この蔵と地域の次なる100年につながっていくと信じています。

創業132年、うきはに残る唯一の酒蔵を守るという「しぶしぶ」始まった挑戦は、宿やサウナという新たな形をまとい、「いそのさわ」を地域のシンボルへと再生させました。
歴史を刻んだ母屋の趣を活かした空間、世界的なシェフと共に挑む地産地消の食、そして酒タンクを再利用した唯一無二のサウナ体験。 これらが重なり、ここは単なる酒蔵や宿泊施設ではなく、訪れる人自身が豊かな水と酒に浸り「お酒」へと醸されていく“発酵の物語を体験する場所”として再構築されています。
そこには、先代たちが繋いできた水の記憶を受け継ぎながら、伝統を今の暮らしに溶け込ませ、未来の酒蔵のあり方を問い直す静かな熱狂が息づいているはずです。

インタビュアー:大﨑庸平
いそのさわ
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