福島県、猪苗代湖を目の前に臨む「MINATOYA」は、明治10年(1877年)創業という長い歴史を持つ老舗宿です。野口英世ゆかりの宿としての伝統を大切に守りながらも、近年は館内を彩るウォールアートや屋上グランピング、そして本格的なテントサウナなど、時代に合わせた斬新な体験型リゾートへと進化を遂げています。
今回は、次期5代目として宿を牽引する渡部さんに、ユニークな空間づくりの裏側や食へのこだわり、そして猪苗代という土地で挑戦を続ける思いについて伺いました。

年100旅館を訪れ、70以上の施設で女将にインタビューをしています。
好きな地域は福島県の会津地域です。
「地域のまごころが報われる世界を創る」をミッションに旅館と地域観光を盛り上げたいと思っています。地域観光と地域旅館が好きで株式会社Hinotoriを起業しました。前職では株式日本ユニストにて熊野古道の宿「SEN.RETREAT」を立ちあげ集客していました。
宿に関わる前は屋内型テーマパークSMALL WORLDSやアートアクアリウム美術館の立ち上げに参画してマーケティングをしたりとマーケティング畑が長いです。新卒ではPwCコンサルティングに所属しておりました。

MINATOYA次期5代目の渡部さん。
猪苗代で生まれ育ち、地元をこよなく愛す素敵な方でした。先代からの思いを引き継ぎ、素晴らしいホテルを守るため熱心に活動されていらっしゃいます。
階段を上る時間も楽しみに。廃校から繋がった四季のアート
ーー館内に入って驚いたのですが、階段の壁一面に素晴らしいアートが描かれていますね。
渡部さん: この建物は築60年ほどになりまして、エレベーターがない4階建てなんです。屋上がグランピングスペースになっているので、お客様にそこまで楽しく上がっていただけるようにと、2019年の3月にアーティストの岩切翔さんに絵を描いていただきました。
ーーどのようなテーマで描かれているのでしょうか。岩切さんのキャプションもありましたね。
渡部さん: 猪苗代の「春夏秋冬」をテーマにしています。1階の最初は春で白鳥などが描かれていて、上に行くにつれて夏、秋、冬の動物たちが現れる仕掛けです。屋上に出ると冬のイメージになり、カモシカなどが迎えてくれます。
実は、野口英世の母校である「翁島小学校」という廃校があるのですが、岩切さんはその図工室にも一面に絵を描かれていたんです。その廃校プロジェクトで知り合ったご縁から、「ぜひうちの階段にも」とお願いして実現しました。レトロな建物の雰囲気は残しつつ、歩くのが楽しくなる空間になったと思います。

湖畔の絶景と非日常を味わう。屋上グランピングとこだわりの食
ーー屋上のグランピングスペースも、とてもこだわっている空間だと感じました。
渡部さん: ありがとうございます。屋上は昔、従業員の倉庫や休憩所だった場所を一新して、レストランとグランピングのスペースに生まれ変わりました。ここでは猪苗代湖が非常に綺麗に見えるので、景色を眺めながらバーベキューを楽しんでいただけます。
テントの中はオリエンタルな雰囲気にし、夏場でも快適に過ごせるようエアコンも完備して、ゆっくりリラックスできる空間を目指しました。衛生面や安全面を考慮して、宿泊は隣接するホテルのお部屋をご案内し、ここはあくまで「グランピング体験を楽しむ空間」として提供しています。
ーー食事にはどのようなこだわりがあるのでしょうか?
渡部さん: バーベキューでは、地元の新鮮な野菜やオリジナルのソーセージ、質の良いお肉をご用意しています。また、昨年の12月にレストランもリニューアルし、夜は中華をメインとしたお食事や宴会も提供できるようになりました。
さらに今年の4月からは、エスプレッソさんに指導していただき、生地から全て手作りのベーカリーも始めたんです。一番人気は柔らかい「ムー」というパンで、猪苗代湖の遊覧船「かめ丸」をモチーフにしたオリジナルの「亀丸パン」も大変ご好評をいただいています。今では観光のお客様だけでなく、地元の方もよく買いに来てくださるようになりました。

148年の歴史と、野口英世の記憶を受け継ぐ
ーー「MINATOYA」さんは、大変長い歴史をお持ちですよね。
渡部さん: はい、1877年の創業から数えて148年ほどの歴史になります。昔の建物の時代には、野口英世が日本に帰国した際の「歓迎宴会」がうちで開かれたという歴史があり、今でも「野口英世ゆかりの宿」として営業を続けています。
ーー昔は館内にゲームセンターのような場所もあったとお聞きしました。
渡部さん: そうですね。昔は格闘ゲームなどがたくさん並んでいましたが、今はUFOキャッチャーや射的など、お子様連れのご家族が安心して楽しめる遊具に入れ替えています。時代とともに、お客様の層や求められるものも変わってきていますから。最近ではインバウンドのお客様も増えていますし、ドイツのアーティストのTonaさんにスプレーアートを描いていただくなど、新しいアートプロジェクトも展開しています。

コロナ禍の逆境から生まれた、140度越えのテントサウナ
ーー最近はサウナ目的で来られるお客様も多いと伺いました。テントサウナはいつ頃から始められたのですか?
渡部さん: 2020年の9月、コロナ禍の真っ只中に始めました。飲食の営業も厳しくなり「何もできない時期に、何か面白いことができないか」と考えたのがきっかけです。私自身がサウナ好きだったこともあり、協力企業と一緒に湖側でのアクティビティとして立ち上げました。
ーーテントサウナはかなり温度が高くなると聞きましたが、どれくらいまで上がるのですか?
渡部さん:うちのテントサウナは、最高で140度くらいまで上がることもあります。めちゃくちゃ熱くなりますよ(笑)。薪の管理はお客様にお任せしているので、極限まで熱くするのも、のんびりぬるめにするのも自由です。サウナの熱波の後は、猪苗代の自然の中で外気浴をしていただく。このロケーションだからこそできる非日常的な体験を提供できるのは、私たちとしても非常に嬉しいですね。豊富な種類から選べるアロマ水でのセルフロウリュも人気です。

時代に合わせて変化し続ける。猪苗代の魅力を発信する拠点として
ーー最後に、これからの「MINATOYA」が目指すビジョンを教えてください。
渡部さん: 私はここで生まれ育ち、次代を継げば5代目になります。目標は、「猪苗代に来たらここに行きたい」と思ってもらえるような、食べて、飲んで、体験できる総合的な場所を作ることです。
猪苗代は四季がはっきりと分かれていて、冬はスキー、夏は湖のアクティビティが楽しめます。会津若松や郡山からのアクセスも良い。こうした地域の素晴らしい魅力を発信していくことが、私たちの使命だと思っています。
ーー震災やコロナなど、困難な時期も乗り越えてこられました。
渡部さん: 震災の時には避難者の方を受け入れ、それを機に仕出し事業を始めました。そしてコロナ禍ではテントサウナを始め、屋上のリニューアルやベーカリーなど、今は「わざわざ来てもらう場所」を作ることに注力しています。
どんなに時代が移り変わっても、その変化に合わせて経営戦略や形を変えながら、挑戦し続けることが重要だと思っています。

明治時代から続く歴史と、野口英世の足跡が残る老舗宿。
「MINATOYA」の歴史を紐解くと、そこには伝統にあぐらをかくことなく、震災やコロナ禍といった時代のうねりの中で、常に新しい価値を生み出そうと奮闘してきた「挑戦の軌跡」がありました。
階段を彩るアート、湖風を感じる屋上グランピング、心身を解放するテントサウナ、そして地元の人にも愛される手作りパン。
それら一つひとつは、5代目が思い描く「猪苗代の魅力を体験できる場所」としてのパズルのピースです。過去の記憶を受け継ぎながら、柔軟に姿を変え、新たな観光の拠点として未来へ進み続ける「MINATOYA」。そこには、訪れる人すべてをワクワクさせる、生きたエネルギーが満ち溢れていました。
インタビュアー:大﨑庸平
