インタビュー

【新潟・雪の家】雪国のアイデンティティを編み直す。築150年の古民家「雪の家 古澤邸」が繋ぐ、暮らしの記憶

新潟県十日町市、日本有数の豪雪地帯として知られるこの地に、築150年以上の歴史を刻む「雪の家 古澤邸(ゆきのや ふるさわてい)」は佇んでいます。かつて地域の発展を支えた名士の邸宅を再生し、現在は「雪国で暮らすような旅」を提案する宿として、新たな時を刻み始めています。今回は、この宿の運営を担い、自らも十日町の暮らしに魅せられた館主の井比さんに、雪と共に生きる人々のアイデンティティ、地域のお母さんたちと紡ぐ朝食の物語、そしてこの場所が未来へ繋ごうとしている「ピュアな日常」について、じっくりとお話を伺いました。

大﨑 庸平

株式会社 Hinotori 代表取締役

大﨑 庸平

地域観光と地域旅館が好きで株式会社Hinotoriを起業しました。以前は株式日本ユニストにて熊野古道の宿「SEN.RETREAT」を立ちあげ集客していました。「地域のまごころが報われる世界を創る」をミッションに旅館と地域観光を盛り上げたいと思っています。以前は屋内型テーマパークSMALL WORLDSやアートアクアリウム美術館の立ち上げに参画してマーケティングをしたりとマーケティング畑が長いです。新卒ではPwCコンサルティングに所属しておりました。

http://hinotori-trip.com/media

雪の家古澤邸 宿主の井比さん。

”雪国で暮らすような旅”の体験を宿泊者にしてもらうために、地域のお母さんたちと協働して雪国の魅力を伝えていらっしゃいます。

新潟県十日町・雪の家 古澤邸。

降雪量の多い地域だからこそ味わえる、非日常的で幻想的な景色を楽しむことのできる宿。

「雪の家」の名に込めた、この地のアイデンティティ

ーー「雪の家(ゆきのや)」というお名前の由来を教えていただけますか。

井比さん: はい。私たちがいる新潟県十日町市というのは、ものすごくたくさんの雪が積もる場所です。何をするにも雪のことを考えながら生活しなければなりません。夏も秋も、常に冬のことを気にしながら生活するというのがこの辺の文化なんです。

私たちの生活の中にある食べ物、着る物、建物も、すべて雪のことを気にして作られています。そういった「雪のアイデンティティ」を感じられる宿であることをお客さんに伝えたく

ーー 建物自体にも「雪国らしさ」が反映されているのでしょうか。

井比さん: そうですね。建物で言うと、梁(はり)や柱ですね。頑丈な雪の重さに耐えられる建物にしなければならないので、非常におっきな木材や太い梁を使って建物を支えているのが一番の特徴です。雪に埋もれても大丈夫な家の作り、というのもこの宿の特徴ですね。

このお家は分かっている範囲でも築150年以上は経っています。元々は「古澤さん」という方が代々お住まいで、多くの土地を持ち、地域でも力を持っていた名士のお家でした。歴史的に重要な書類なども出てきて、博物館に寄贈されているほどなんです。

居酒屋での出会いから始まった、解体直前の再生劇

ーー その歴史ある建物を、どのような経緯で活用することになったのですか。

井比さん: 実は、たまたま居酒屋のカウンターで隣り合って飲んでいた方がこの村の方で、私とは知り合いだったんです。その方から「この家が取り壊しの契約も日程も決まっているんだけど、壊すにはあまりにも忍びない。活用できるならどうだ」とお誘いをいただきました。

オーナーの方にご相談したところ、「壊したかったわけではないけれど、これだけ古くて大きなお家に住み続けるのはエネルギーがかかる。活用してくれるならぜひ残してほしい」と、前向きにお譲りいただいたという背景があります。本当に、たまたま飲みに行くとそういうことも起きるんだなと感じましたね,。

ーー 井比さんは新潟のご出身ですが、この十日町という場所を選んだ理由は何だったのでしょうか。

井比さん: 以前は広告関係の仕事をしていて、このエリアの営業担当を長くしていました。仕事以外の場面でも地域の方たちと触れ合ううちに、この地域のことがすごく好きになったんです。

この地域の方たちは、人口減少などの課題がありながらも、非常に前向きな方が多いんですね。「自分たちは大変だけど、もっと頑張れる」というスタンスの方々を見て、私もこういう人たちが住んでいる場所で暮らしてみたいと思ったのが始まりでした。その後、地域おこし協力隊というお仕事をご紹介いただいたという背景があります。

お母さんの日常を味わう「ライブ感」のある朝食

ーー 朝食を作ってくれる地域のお母さんたちとは、どのように協力されているのですか。

井比さん: 私は、この雪にも負けない、自然に抗うことなく暮らしている地域の方たちに憧れ、リスペクトしているんです。その心が通じたのか、協力してくれる人が自然と増えていきました。料理を作ってくれるお母さんたちも、お母さん同士の繋がりで「私もやってよかったから、あなたもどう?」という風に伝播してメンバーが増えていったんです。

朝食のこだわりは2点あります。1点目は、あくまで「日常の食事」であること。お母さんたちは真心があるので、つい豪華な「ご馳走」を出そうとしてくださるのですが、そうすると日常から外れてしまうので、そこは大切にしています。2点目は「ライブ感」です。田舎の実家に帰ったような感覚になってほしいので、冷蔵庫に用意されたものを食べるスタイルではなく、お母さんが食事を作ってくれる体験そのものに価値があると考えています。

ーー 夕食などの食事には、どのようなバリエーションがあるのでしょうか。

井比さん:4つのパターンがあります。1つ目は、標準でついているお米や調味料を使い、食材を買ってきて自炊するスタイル。2つ目は、私たちが提供する地域の旬の食材とレシピを使って自炊するスタイルです。3つ目は、地域の飲食店のシェフや板前さんを呼び、貸し切りでライブ的に夕食を楽しむスタイル。そして4つ目が、地元の飲食店へ食べに行くスタイルです。ご予約なども私たちが承ります。

— —食器や空間づくりにもこだわりがあるとお聞きしました。

井比さん: 食器に関してはほとんど購入していません。元々ここにあったものや、他のご家庭で「使う機会がないけれど大事なものだから使ってほしい」と譲り受けたものを使っています。器の規格がバラバラだったりするのも、一つの面白みかなと思っています。

改修に関しては、昔の生活の息遣いを感じていただくために残すべきところは残したいけれど、清潔感も重要です。そこで、お客様が触れる場所や水回りは徹底的に綺麗に仕上げ、梁や柱、天井といった場所には古さを残すという、バランス感覚を大事にしました。アメニティも新潟県内や十日町市のメーカーのもので揃えることにこだわっています。

地域のプライドを育み、ピュアな日常を次世代へ繋ぐ

— —「棚田トレッキング」という体験では、どのようなことを伝えたいですか。

井比さん: 里山を歩きながら、暮らしの象徴である棚田の風景を楽しんでいただく体験です。十日町は「棚田のメッカ」と言われるほど棚田が多く、そこから地域の生活について深く知ってもらいたいと考えています。

単に「段々畑だな」で終わるのではなく、気候や動植物、地形の話をすることで、お客様の中で情報が繋がり、地域の価値を深く納得していただけるようになります。インターネットには出ていないような情報を、五感で感じてもらうのがポイントです。特に海外の方にとっては、母国とは異なる日本の風景や動植物の様子が、大きな感動や学びになっています。

— —今後、この場所をどうしていきたいとお考えですか。

井比さん: 私ができることは小さいですが、まずは「知ってもらうこと」にこだわっています。知ることで発見があり、そこが変化のきっかけになると信じています。

この取り組みだけで集落が永続的に残るかは分かりません。でも、何もしなければ50年でなくなってしまうものが、私たちの活動で10年プラスされるかもしれない。そういうことの繰り返しだと思っています。

今の状態が、私たちにとって「ピュアで100パーセント」だと思っています。私の仕事は、そのピュアなものをどれだけそのまま残せるかです。そして、関わってくれたお母さんやお父さんが「美味しかったよ」「楽しかったよ」と言われて、自分たちが住む地域へのプライドを薄皮を重ねるように作っていってくれたら嬉しいですね。

 居酒屋での偶然の出会いと、歴史ある建物を守りたいという情熱から始まった物語は、築150年の時を経て、「雪の家」という名の「雪国のアイデンティティを体感する場所」として今に息づいています。 雪の重みに耐え抜いてきた太い梁が支える空間、地域のお母さんたちが真心込めて作る「日常」の朝食、そして里山の生命力を五感で知る棚田トレッキング。それらが重なり合い、単なる宿泊施設ではなく、訪れる人が雪国の人々の強さと優しさに触れ、本来の心の豊かさを取り戻すための「第二の我が家」として再定義されています。 そこには、先代から受け継がれた歴史を大切に守りながら、この地のピュアな暮らしを次世代へと繋いでいく、静かで、しかし力強い挑戦が息づいています。

インタビュアー:大﨑庸平

雪の家 古澤邸

雪の家 古澤邸

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