東京で、余白を感じる余裕がなくなっていた

少し前まで、私は東京で忙しく働いていました。
朝起きてPCを開いて、気づけば夜になっている。予定は埋まっているのに、今日は何をしていたんだろうと思う日もありました。
忙しいというより、余白を感じる余裕がなくなっていたのだと思います。
何もしない時間とか、部屋の中の小さな変化に気づくこととか、好きな香りに包まれてゆっくり過ごすこととか。
そういう感覚から、ずいぶん離れていました。
私はブランディングデザイナーとして、日本の工芸に関わる仕事もしてきました。
職人さんの話を聞いて、商品を見て、写真を撮って、魅力が伝わる形を考える。
でも振り返ってみると、工芸を暮らしの中で使う経験は、意外と少なかったのです。
私にとって工芸品は、いつも見る側にあるものでした。
そんなときに知ったのが、静岡・丸子にある工芸ノ宿 和楽でした。
工芸を見るための場所ではなく、工芸のある場所で暮らすように過ごす。
どんな時間になるんだろうと思って、丸子へ向かいました。
工芸を「見る」から「暮らす」へ

静岡市の中心部から車で少し走った先にある丸子は、江戸時代に東海道の宿場町として栄えた土地です。
この町には、竹細工や染物、木工、漆、陶芸などの工房が集まる駿府の工房 匠宿があります。
和楽は、そのすぐ隣に建つ宿。
ここで面白いと思ったのは、工芸がただ展示されているわけではないことでした。
工芸をつくる場所があり、それを使う場所があり、そのすぐそばで泊まることができる。
見るだけだった工芸が、滞在の中に自然に入ってきます。
さらに、宿泊すると匠宿で使える工芸体験クーポンももらえます。
宿で過ごしたあと、隣の匠宿へ行って実際に手を動かしてみる。
短い時間でも工芸に触れられるようになっていて、宿泊とものづくりが一つの旅としてつながっていました。
日本の伝統工芸に興味がある人にとっても、ただ作品を見るだけではなく、その背景にある手仕事を体験できるのは嬉しいところだと思います。
別邸 和|一枚板のデスクに感じた、細やかな心配り

今回泊まったのは、サウナと檜風呂を備えた別邸 和。
チェックインで渡された木のカードキーを見た瞬間から、この宿らしさを感じました。
カードキーを木にすることは、機能だけを考えれば必要なことではありません。
もっと簡単につくる方法もあるはずです。
それでも、あえて木を使う。
こういう小さな選択が、宿に入った瞬間から丸子や工芸という土地の印象をつくっていました。
部屋に入ると、大きな一枚板のデスクがあります。

木目を眺めながら何気なく引き出しを開けてみると、中には照明付きのドレッサーが隠れていました。
これが、とても好きでした。
目立つ仕掛けではありません。
でも、実際にここで過ごす人が、仕事をしたり、身支度をしたり、荷物を片付けたりすることまで考えられている。
見た目の美しさだけではなく、使うときのことまで考えてつくられている家具でした。
普段、ものをつくる仕事をしているからこそ、こういうところに目がいきます。
きれいに見せることと、気持ちよく使えること。
その両方があると、ものは長く記憶に残るのだと思います。
女性目線で嬉しかった、アメニティとお風呂の時間

そして、個人的に嬉しかったのが、女性にとっても過ごしやすい細やかな設備です。
別邸にはサウナだけでなく、水風呂と檜風呂もあります。
サウナで汗をかいて、水風呂に入る。
そのあとゆっくりお風呂につかる。
さらに、アメニティにはお茶のエキスを使ったフェイスパックも用意されていました。
こういうものがあると、旅先でも自然と自分のケアをしたくなります。
サウナのあとにパックをして、冷たい水を飲んで、少し休む。
普段なら時間を惜しんでしまうようなことを、ここではゆっくりできました。
特別な美容体験というより、きちんと休むための時間が自然に生まれる。
それが嬉しかったです。

茶香炉と一枚板の家具。五感で覚えている部屋

部屋には茶香炉も置かれていました。
飲むためではなく、香りを楽しむためのお茶です。
火を入れると、甘く香ばしいお茶の香りが部屋に広がります。
木や畳の匂いと混ざって、部屋全体がほんのりお茶の香りに包まれていく。
正直、家にも欲しくなりました。
朝、仕事を始める前にこの香りがあったら、一日の始まり方が少し変わる気がします。
ここで改めて思ったのが、旅の記憶は写真だけでは残らないということ。
木の家具に触れた感覚や、部屋に広がるお茶の香り、檜風呂の湯気。
そういう何気ない感覚のほうが、時間が経ってからふと蘇ってくることがあります。
夜、ソファでごろごろしながらスマホを見て、ふと顔を上げると天井の梁が見える。

寝転んだまま、ぼんやり眺める。
そんな何気ない時間まで含めて、その場所の記憶になっていきます。
旅先で帰りたくないと思うことはあっても、ここに住みたいと思うことはあまりありません。
でも和楽では、少しだけここに住んでみたいと思いました。
非日常を見せてくれる場所というより、いつもの暮らしを少し丁寧にしてくれる場所だったからです。
お茶のロウリュと檜風呂。静岡らしさを体験する

別邸には専用のサウナと檜風呂があります。
印象に残っているのは、ロウリュに使う水がお茶だったこと。
熱されたサウナストーンにお茶をかけると、蒸気と一緒に茶葉の香りが広がります。
熱いのに、どこか清涼感がある。
静岡といえばお茶。
その土地らしさを、飾りや説明だけではなく、実際の体験に取り入れているのが面白いと思いました。
そのあと水風呂へ。
しっかり汗をかいたあとに冷たい水に入ると、頭の中まで少し静かになっていきます。
そして最後に檜風呂へ。

今度は檜の香りが立ちのぼってきます。
お茶と檜。
この二つの香りが、今でもこの宿の記憶として残っています。
設備が豪華だった、というより、五感で覚えている時間でした。
丸子紅茶と蜂蜜。土地の魅力は、暮らしの中にある

丸子を訪れて、もう一つ印象に残ったのが丸子紅茶です。
静岡というと緑茶のイメージが強いけれど、丸子は紅茶もつくられている地域。
さらに蜂蜜も採れる土地で、地域には蜂蜜農家さんや蜂蜜のお店もあるそうです。
お茶、紅茶、蜂蜜、工芸。
一つひとつを別々に見ると、それぞれ地域の名産品です。
でも実際にその土地を訪れてみると、全部が丸子の暮らしの中につながっていることに気づきます。
宿でお茶の香りを感じ、丸子紅茶のことを知り、地元のお菓子を味わう。そして隣の匠宿で、実際に職人さんの手仕事に触れてみる。
そうやって一つずつ知っていくと、観光地を訪れているというより、その土地の暮らしを少しだけ覗かせてもらっているような感覚になります。
日本を訪れるなら、東京や京都のような大きな観光地だけではなく、こういう小さな土地に泊まってみるのも面白いと思います。
その土地で何がつくられ、何が食べられ、どんな仕事が受け継がれているのか。
そういうものを知ると、日本という国が少し違って見えてきます。
竹籠の中にあった、地元の蓬きんつば

部屋に置かれていた竹籠を開けるとき、少しわくわくしました。
中に入っていたのは、地元の蓬きんつば。
最近、和菓子にハマっていることもあって、嬉しいおもてなしでした。
でも、職業柄どうしても気になってしまうのが、その見せ方です。
ただお菓子を置くのではなく、竹籠に入れる。
竹という素材が、この土地の工芸や匠宿につながっているからです。
お菓子を食べるという小さな行為まで、丸子という土地の物語の中に置かれている。
こういう細部の積み重ねが、場所の印象をつくっていくのだと思います。
その隣に置かれていたのがお茶染めのバッグでした。
静岡のお茶で染められた、少し灰みがかったやさしい色。
お茶で染めると聞いて、私は勝手に緑色を想像していました。
でも実際は、落ち着いたグレー。
言われなければ、お茶から生まれた色だとは気づかないと思います。
面白かったのは、これが昔から続く技法をそのまま残したものではなく、新しく生まれた取り組みだったこと。
静岡に根付いてきたお茶という文化を、染めるという別の形で未来につないでいく。
伝統工芸は、昔の形をそのまま守り続けることだけではないのかもしれません。
その土地にあるものを見つめ直して、新しい価値をつくっていく。
そうやって少しずつ姿を変えながら、文化は続いていくのだと思います。
日本人は、めんどくさいをやる

隣の匠宿へ行きました。
竹細工、染物、木工、漆、陶芸。
職人さんの手仕事を間近で見ることができます。
そこで竹職人の方から聞いた言葉が、ずっと心に残っています。
日本人は、めんどくさいをやる。
竹を割いてつくるひごは、虫の羽が傷つかないように、角を丸く削るのだそうです。

効率だけを考えれば、省ける工程です。
でも、そこに手間をかける。
その話を聞いたとき、宿で感じていたことと一本につながりました。

木のカードキーや茶香炉、竹籠、お茶染めのバッグ。一枚板の家具も含めて、もっと簡単につくる方法はあったはずです。
それでも、あえて手間をかける。
つくる側からすると小さな手間でも、使う側には記憶として残る。
そのことを、今回の滞在で実感しました。
見えないところまで丁寧につくる

普段の仕事では、ロゴをつくったり、写真を整えたり、言葉を選んだりします。
どうすれば、そのものの魅力が伝わるのかを考える仕事です。
でも和楽で過ごしてみて、もっと手前にあるものの大切さを感じました。
誰かが気づくかどうか分からないところまで丁寧につくる。
使う人の動きを想像する。
その土地にあるものを、別の形の体験に変える。
そうしてつくられた小さな工夫は、滞在中には一つひとつ別々のものに見えていました。
木のカードキーも、一枚板の家具も、部屋に漂うお茶の香りも。そのときは、それぞれを心地よいと感じていただけでした。
でも帰る頃には、それらが全部つながって、この場所らしさになっていることに気づきました。
どれか一つが特別だったというより、細かな心配りが積み重なって、丸子で過ごした時間そのものが記憶に残っている。
東京に戻って、またPCの前にいます。
それでも、お茶の香りと、木の手触りと、何もしない時間の感覚は、まだ少しだけ残っています。
忙しさの中で真っ先に削っていたものが、実はいちばん自分に必要だったのかもしれません。
そして、ものをつくることも、旅をすることも、少し似ているのかもしれない。
目立つものを探すのではなく、その土地にしかないものを見つける。
そこにある手間や香りや時間を、実際に自分で味わってみる。
丸子で過ごした時間は、工芸についてだけではなく、そんな日本の楽しみ方を教えてくれる旅でした。
工芸の宿 和楽
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